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マヤ・ナイラの残響  作者: よるん、
第三章「卒業試験」
41/50

第41話

 中庭には静謐な空気が漂っている。それはマヤ・ナイラの模倣だとしても変わらなかった。他の場所よりエネルギーが満ちていて、私がよく大地との接続を確認していた場所そのものだ。

 私は両足の裏から地面のエネルギーを感じる。自分と自然の間で起きる、魔力とエネルギーの交換。心を落ち着かせて、いつも通り体内の魔力の状態に焦点を当てる。自分の魔力は枯渇している。でも、接続自体はうまくいっている。


「……大丈夫です、オリハ先輩」

「うん」


 オリハ先輩は頷くと、私の右手を握った。両手で祈るように、包み込む。その動作が様になっていて、少しだけどきどきしてしまう。でも、そんなことを言ってはいられない。

 目を閉じて、魔力の状態を確認する。手にオリハ先輩の魔力タンクが増設されたような感覚だ。私はそのタンクから、自分の代わりにオリハ先輩の魔力を使うことができる。多少のうしろめたさはあったが、なりふり構ってはいられない。せめて、早めにことを終わらせてしまわないと。


「中庭、接続」


 オリハ先輩の魔力がゆっくりと垂れて、足元に術式を描く。何重にも描かれたそれは、黒く中庭を染めた。中庭のエネルギーが、途端に術式に反応し、従順になっていく。ここはマヤ・ナイラではないと分かってはいるが、自分が時々居場所としていた中庭に手を加えていくのは忍びない。でも、やらなければ。


「拡張」


 術式に大きな円が増やされる。私の掌握した中庭が、意志を持って他の教室にまで根を張り巡らせにいく。私の代わりに使ったオリハ先輩の魔力は圧倒的で、すぐにほとんどの教室が従った。これで、本校舎のほとんどが私の支配下に収まったことになる。

 アンは、実習室にいたはずだ。こんな大規模な魔法、放っておくはずないとは思うが……今はまだアンの気配はない。それどころか、掌握した本校舎のどこにもいない。アンの存在感のなさを考えると、いないと決めつけるのも早計ではあるが、少なくともすぐに止めるつもりはないらしい。


「拡張」


 術式を増やす。オリハ先輩の魔力量はまだ余裕がありそうだった。さすが、と思いつつ、意識を本校舎の外側へ伸ばしていく。敷地内がじわじわと私の支配下に収まっていく。抵抗するそぶりも見せない。この空間は、本当に魔物の体内なのだろうか、と思うくらいに、素直な従順ぶりだった。

 やがて、ほとんどの敷地を掌握する。そして、気付く。


「……空っぽだ」


 この影のないマヤ・ナイラを模した敷地。そのほとんどに意味などない。微かに魔力が通っているだけで、本当にただの模造品でしかない。私が壊れろと念じれば、掌握したこれらは一瞬で塵と化すだろう。

 魔力を提供してくれているオリハ先輩がちらりと私を見る。私は頷いて、ある方向に目線を向けた。この空間で、意味のある場所はひとつしかない。


「掌握」


 一際大きい術式を描く。そして、まだ意識下にない、ひとつの場所に魔力の手を伸ばした。


「……やっぱり」


 急に抵抗が大きくなる。それは、万物にとって当然の抵抗だ。他者に掌握されるなんて、本来こんなにスムーズにいくものではないのだ。

 魔力の矛先を強く意識する。アンの居場所であるところ。この敷地内で、唯一実体があるもの。魔物の体内の心臓部。……森の泉へ。魔力をじわじわと染み込ませていく。


「面白いことするね」


 少女の声がした。もう反響はしない。校舎は私の影響下にあるからだろう。幼さを感じる高い声がして、目の前にアンが現れた。


「アンの森を、どうするつもり?」

「……」


 返事はしない。アンに情報を与えてなるものか。アンはしゅんと悲しそうにうつむいた。


「アンの森、壊しちゃうの?」

「……」


 罪悪感を煽られて、ぐっと堪える。アンは、魔物だ。人間ではないのだ。


「殺し合い、だもんね」


 アンが観念したように言う。私はぐっと唾を飲み込んだ。私たちは、卒業しなければいけないのだ。

 何をするにしても、校長に抗うにしても、最初の壁を越えなければいけない。

 戦う意志を感じたのか、アンは静かにため息をついた。


「じゃあ……」


 アンの姿がどろりと崩れる。黒い泥になって、地面に流れていく。それと同時に、私が掌握していた校舎の一部分が消え去って、無になっていく。元はアンが作り出した幻想だ。アンが消してしまえば、本来の魔物の腹に戻るのだろう。

 赤黒い地面が露出する。アンはそれと一体化して、細い足だったものがぶよぶよとした肉に包まれていく。


「殺すしかないね」


 アンは無感情に私たちを見る。強い殺気。手加減はもうしてくれないだろう。こちらももう、同情することはない。アンを殺す。意識を引き締めて、まっすぐアンを見据えた。


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