第40話
「ナツさん、僕はね」
オリハ先輩はか細い声で言った。
「何もかもを諦めていた。マヤ・ナイラの言うことを聞いていれば、何事もなく過ごせると思っていた」
口の端に自嘲の笑みを滲ませている。きっとそうなのだろうな、という予感はあった。
「でも、君があまりにも眩しくて」
「……そんなことないです」
私はただ、納得がいかないだけだ。このまま言いなりでいるのが、たまらなく嫌なだけなのだ。
「僕にまっすぐ負けたくないとぶつける君が、マヤ・ナイラの理不尽を怒れる君が、魅了されないと言い張る君が……」
言葉を切る。オリハ先輩はうなだれた。
「……羨ましい」
私は彼の目を見る。視線は合わない。
「君のバディとして隣にいたら、少しでも変えられるんじゃないかって……そんな夢を、見てしまう」
声が震えている。私は何の言葉もかけれずに、ただ重ねた手に力を込めた。
本当は、夢で終わらせて欲しくない。一緒に戦って欲しい。でも、オリハ先輩にとっては、マヤ・ナイラという場所は安全装置でもあるのかもしれなかった。
半分人間ではないという彼は、どのような苦悩を背負ってきたのか。私には想像もつかない。
だから、私は今を見ることにした。
「オリハ先輩」
オリハ先輩が少しだけ顔を上げる。不安そうな表情を、もう隠そうともしなかった。
「まずは卒業しましょう」
オリハ先輩は目を見開いて私を見る。オリハ先輩だって、私をずっと励ましてくれていた。課題で、初めて死を間近に感じた時。マヤ・ナイラが自分の思う学校ではないと知った時。オリハ先輩が近くにいてくれたから、自分を見失わずに済んだのだ。
「私も、どうやって対抗するのかとか、まだ分かりません。でも、負けたくないじゃないですか」
笑ってみせると、オリハ先輩はようやく笑みをこぼした。
「……そうだね。理屈じゃない。ただ、負けたくない。僕たちには、それだけだ」
オリハ先輩は両手で私の手を包んだ。
「……考えよう。卒業する方法を。アンと決着をつける方法を」
「はい!」
嬉しくなって返事をすると、オリハ先輩はふっと笑った。そして、私の手をぎゅっと握る。
「……でも、もう少しだけ、このままでいさせて」
オリハ先輩はおでこをつけ、はぁと震える息を吐き出した。気持ちが少しでも楽になるのなら、いくらでも。そう思いながら、私はもう片方の手をオリハ先輩の手に重ねた。
◇
「ひとつ、試してみたいことがある」
落ち着いた頃、オリハ先輩はそう言った。
「試してみたいこと?」
「うん。……君の魔法だよ、ナツさん」
「私の魔法……」
どういうことだろう。オリハ先輩よりも、私の方が優れている魔法ということだろうか。
……それは、ひとつしか思い浮かばなかった。
「……把握能力、ですか?」
「うん。さらにいえば、課題の時、君が森に対してやったことだ」
「……!」
身体が強張る。ほとんど人に話したこともない、私の切り札。魔力の把握能力の先にあるもの。
できる、と思ったのはいつかは分からない。でも、おいそれと使うものではないと、なんとなく知っていた。だから、ほとんど使うことなくひた隠しにしていた。
「……掌握能力、ですか」
「うん」
「魔物の腹の中を掌握するなんて、可能なんですか」
「さあね。でも、やってみないと分からない」
「……魔力はどうするんですか? 今の私の状態では、術式を描く魔力さえ残ってません」
「僕の魔力を使うといい」
「え……」
「魔力のパスを繋げる。僕の魔力を使って、君が魔法を使って欲しい」
「……そんな、こと」
私は一瞬、ためらった。掌握に使う魔力は相当な量だ。パスを繋げてまで、オリハ先輩から魔力を間借りするなんて……。
かぶりを振る。卒業試験には合格しないといけない。なりふり構ってなどいられないのだ。
「……分かり、ました」
重々しく頷くと、オリハ先輩は柔らかく微笑んだ。
「そうと決まれば、中庭に行こう。場所として一番適しているのは、あそこだ」
「……そうですね」
「ナツさん?」
なかなか立とうとしない私に、オリハ先輩が声をかける。私は思い切って顔を上げた。
「約束してください。もし、オリハ先輩の魔力を使うことで異常があれば……すぐに中止するって」
必死な剣幕に圧されたのか、オリハ先輩は驚いたように私を見る。そして、真剣な顔で頷いた。
「分かった」
「ありがとうございます」
私は今度こそ立ち上がり、オリハ先輩と連れ立って中庭へと向かった。




