第39話
保健室に戻ってきた私たちは、どこか気まずい気持ちで言葉を発さずにいた。棚には粉末のお茶が常備されている。こんな細かいところまで、マヤ・ナイラの校舎と同じだ。
ケトルを沸かそうとすると、オリハ先輩が私を止めた。
「ナツさんは、休んでて」
いつもより頼りなさげな声に、私は反抗もできずベッドに腰掛けた。
魔力供給のおかげで、身体はずいぶんと楽になっていた。とはいえ、まだ本調子とは遠い。相変わらずだるさはあるし、体内の魔力が私の身体を成立させようと熱を持って動いているのが分かる。
私はため息をひとつつくと、ベッドに横になった。ほどなくしてお茶を持ってやってきたオリハ先輩は、ひどく不安そうな顔をしていた。
「……大丈夫ですか、オリハ先輩」
「それはこっちの台詞なんだけどな」
はは、と力なく笑うオリハ先輩に、私は余計悲しくなってしまう。
「私はオリハ先輩のおかげで少しマシになりました」
「そうか、それならよかった」
「……だから、オリハ先輩の話を聞かせてください」
逃がすまいとオリハ先輩の目を見る。彼は揺れる瞳に青灰色の濁った光を讃えながら、私の視線を受け止めた。
「……そうだね。もう隠しておけない」
その言葉に、いくぶんかほっとする。そして、しっかりと彼を見据えた。
「教えてください。アンの言ってた意味。アンと同族……って」
オリハ先輩は憂いを帯びた視線を逸らし、震える声でぽそぽそと話し出した。
「……僕は、純粋な人間じゃない。薄々そんな気はしてたんだ」
「純粋な人間じゃない……って、どういうことですか?」
「多分、半妖のような存在だ。自分の中に、人離れした力が眠っているのが分かるんだ。それを呼び起こさないように徹底して自分を抑えている」
口をつぐむ。そんな爆弾を抱えながら、今まで生きてきたというのだろうか。
「僕には昔の記憶がないって言ったよね。多分、マヤ・ナイラが僕を保護したのも、この力を見出したからだ。こんなもの、外で暴れだしたらどうなるかわからない」
「……マヤ・ナイラに従ってるのも、そうだからなんですか」
「そうだね」
決意が揺らぐ。マヤ・ナイラの結界はたしかに協力だ。魔物と同じ力でできているとはいえ、中で暴れたモノを封じ込めるくらいの力はあるだろう。
「アンも同じだ。人の身で、強大な魔物に取り憑かれた」
「取り憑かれた……」
たしかに、そう考えると人の姿を取るのも説明がつく。でも、それならアンは、魔物に取り憑かれたままずっとひとりでこの空間にいるのだろうか。
「あの魔物は規模が桁違いだ。国家直属の魔法使いたちが未然に防いでいる魔物たちとは違う。魔力を大量に吸い込んだ完全な魔物だ」
オリハ先輩は目を伏せた。
「……人と、人でないモノ。それが同時にひとつの身体に存在している。アンは、それを見抜いて同族って言ったんだ」
彼のまつ毛が震える。どこか寂しそうに見えて、私は手を伸ばしたくなる。でも、まだ、ちゃんと聞いていないことがある。
「魅了も、その半妖の影響ですか」
「おそらくね」
オリハ先輩は力なく笑った。
「僕は無意識に人を狂わせる言動をしてしまう。僕自身にも制御しきれないんだ。……ナツさんにもひどいことをしたかもしれない。ごめんね」
「いえ……私は、魅了されないって約束したので」
オリハ先輩ははにかんで私を見た。
「面白い子だな、って思ったよ。本当に意志だけでそんなことができるのなら、見てみたいって思った」
オリハ先輩は、私の手を取る。彼の手は震えていて、かなり冷えていた。
「……君の手は温かいね」
「オリハ先輩の手が冷たいんです」
オリハ先輩は、ふっと自嘲する。
「本音を言うなら……嬉しかったよ。ありがとう」
私は二の句が継げなくなって彼を見た。これほどまでに素直なオリハ先輩を、私は初めて見たのだ。
いつも冷静で、でも優しくて、かと思えば不安定になって、態度がころころ変わって、そんなオリハ先輩の、一番奥の本音が、出たような気がしたのだ。
「……どういたしまして」
辛うじてそれだけ言うと、私はオリハ先輩に笑いかけた。オリハ先輩は、まだ迷子のような表情で私を見ている。安心させてあげたかった。バディとして、人として、傍にいる。その気持ちを込めて。手に力を込める。
オリハ先輩の怖いような、心細いような気持ちが、冷たく震える手から伝わってきてしまったから。




