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マヤ・ナイラの残響  作者: よるん、
第三章「卒業試験」
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第36話

 振りかざされた腕の前に土の盾が現れる。オリハ先輩がとっさに反応したのだ。私はすぐに攻撃準備を始めた。オリハ先輩の言う通りだ。同情なんて、あってはならない。


「水よ、集え」


 足元に術式を描く。時間ならオリハ先輩が稼いでくれる。オリハ先輩はちらりとこちらを振り向いて、口角を上げた。

 術式に魔力を注ぐと、呼応して周囲の水のエネルギーが渦のように集まってくる。

 体内の魔力がしっかりと大地と連動している。これなら。


「……いくよ」


 大地が微かに震える。私の言葉に応えるようだった。私の周りで渦巻いた水は、生き物のように天へ伸びた。竜の形をしたそれは、アンの懐へ伸びていく。アンはそれを見て、ニィと笑って黒い手を伸ばした。


「……まずい」


 オリハ先輩が小さく呟いて、私の腕を取った。そして空へ浮き上がる。

 その瞬間、アンが私の魔法をまるで物であるかのように掴んで、放り投げた。


「な……っ!」


 私がさっきまでいた地面を、自分の魔法が削る。威力は自分が一番よく分かっている。えぐれた地面からも明らかだ。でも、アンはそれを、素手で掴んでみせた。


「……冗談じゃない」


 思わず呟く。アンは高らかに笑った。


「普通に攻撃して勝てる相手じゃないみたいだね」

「はい……でも、どうしたら」


 オリハ先輩はじっとアンのいる方を見つめている。口を大きく開けて笑っている少女と、後ろに蠢いている瘴気の塊。


「……殺すことだけが、勝利ではないかもしれない」

「え?」

「……卒業試験が殺し合いだと言うのは、アンが言っているだけの可能性がある」


 オリハ先輩は私の腕を引いたまま、アンの目の前に降り立った。アンは顔をしかめて、笑いを収める。


「殺されに。殺されに来た」

「いや。殺されるつもりはないよ」


 なにか、策があるのだろう。でも、私には何も分からなかった。どうすればこの状況を突破できるのかも。


「聞きたいことがある」


 オリハ先輩の言葉に、アンは口をへの字に曲げた。興が削がれたとでも言うように、泉のほとりにぺたんと腰を下ろす。


「君は校長の命令で僕たちを襲っているのか?」

「そう。そう」

「君は魔物なんだろう? どうして校長の言うことを聞いている?」


 オリハ先輩の言葉に、アンはぴくりと反応した。


「なにか影響力があるのか? 校長は何者なんだ?」


 低く問い詰めるオリハ先輩の瞳は暗い。もしかしたら、オリハ先輩自身も、ずっと持っていた問いなのかもしれない。


「われらは。われらは」


 アンの声がひび割れていく。苦しむように身悶え始める。私は驚いてその様子を見ていた。


「逆らえない。逆らえない」

「校長に?」

「魔物。魔物は、より強い力に従う」


 はっとして、私は声を上げた。


「校長が、あなたよりも強い闇の力を持っているということ?」

「ウ。ウゥ。ウ」


 唸るような声を上げて、アンは大きく咆哮した。空間が歪む。私は思わず耳を塞いだ。だが、彼女の強い叫び声は私の手のひらを貫通していった。


「っ……!」


 胸にズキズキとした痛みが走る。これは、自分のものではない。空間から伝わってくる、アンの悲痛の声だ。


「アン……!」


 思わず手を伸ばす。


「ナツさん、ダメだ!」


 オリハ先輩の焦ったような声が聞こえる。でも、手を伸ばさずにはいられない。何かに縛られて、服従を強いられて、苦しんでいるアン。彼女が魔物だと分かっているのに、自分を殺すものだと分かっているのに、近付かずにはいられない。


「ゥ……」


 ひどく怯えたように恐慌するアンの肩に触れる。だが、まるで感触を感じない。温度も、触感も、ほとんどない。ただ。無機質な物体がそこにあるだけだ。そのことが、やけに哀しかった。


「アン……っ」

「なんで。なんで!」


 アンが振り払おうとする。だがその手は弱々しかった。

 もし。殺し合う以外の選択肢が、あるのだとしたら。


「私は、あなたのことが、知りたい」

「っ……!」

「あなたが、どうしてここにいるのか。どうして校長に逆らえないのか。知りたい」

「……っ、ナツ」


 苦しげに私を呼ぶ。頭に鳴り響く警鐘を無視して、私は彼女の体に両手を伸ばす。そのまま抱きしめると、石膏のような感触がした。


「殺さなきゃ。殺さなきゃいけない」

「殺させない」


 私は言う。


「殺したくないんでしょ」

「ない。殺したく、ない」


 うああ、とアンが泣き叫ぶ。

 耳を塞ぎそうになるのを耐えて、私はアンをしっかり抱きとめた。


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