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マヤ・ナイラの残響  作者: よるん、
第三章「卒業試験」
34/50

第34話

 オリハ先輩はふたりぶんのお茶をいれて戻ってくる。そして、真面目な表情で椅子に座った。


「さて、あまり悠長にしてはいられない。作戦会議といこうか」

「はい。……といっても、アレ、なんなんですか?」


 オリハ先輩は腕を組む。どうやら彼にもうまく分かってはいないようだ。


「存在感がないと思ったら、急に力が増幅しだして……まともに戦闘なんてできる相手なんでしょうか」

「そうだね。真っ向から挑むにはリスクが高すぎる」

「かといって、不意打ちができる相手とも思えないんですよね」


 オリハ先輩は深く頷いた。


「そうなんだよね。ひとつ言うことがあるとするなら……」


 オリハ先輩は苦々しげに口元を歪めた。


「あの子は僕たちとの殺し合いを楽しんでいる。だから、こうやって僕たちが逃げても追ってこなかった。追撃しようと思えば、できたはずだ」

「……逆に、そこをつけるかもしれないってことですか」

「……確証はないけどね」


 納得できる部分はあった。あの子が戦いを楽しんで、私たちと存分に殺し合いたい場合、一方的な殺戮では満足できない。だから私たちに逃げさせて、作戦会議の時間を与えたのだ。

 ふと、疑問を投げかける。


「アン、って言ってましたよね」

「……そうだね」


 オリハ先輩が低い声で肯定する。アンは、レンリ先生の魔法生物の名前だ。だが、地上のマヤ・ナイラで見たアンは、白くて長い耳と尻尾を持つ獣だった。

 だがこの世界では残虐な少女の姿をしている。それは何を意味しているのだろう。


「……私たちが合同実習の課題でアンと引き合わせられたのも、意味があるってことなんですかね」

「おそらくね」

「……それなら」


 保健室の窓から外を眺める。無機質な白い空。影のない建物群。マヤ・ナイラであって、マヤ・ナイラでない空間。


「森に行ってみませんか」

「森に?」

「はい。レンリ先生の魔法生物は、森の封印を管理している、って言ってましたよね」

「……ああ、なるほど」


 オリハ先輩はふっと笑った。


「こちらでは森の泉に何が起きているのか……たしかめに行くんだね」

「はい。……ここから出て辿り着くまでに戦闘になった場合、どうしたらいいか分かりませんけど……」

「あの子は、どうやって僕たちの気配を察知してるんだろうね」

「……私たちとは違う法則で動いてそうですよね」


 二人してうーんと唸る。見つからないように森へ行く方法が思いつかない。


「……そうなったらそうなったで仕方ない。元より、避けては通れない相手だ」


 オリハ先輩の言葉に、私は重く頷いた。


「……はい。でも、負けるつもりはありません」


 力を込めて言う。


「逃げも隠れもします。でも、最終的に勝つのは私たちです」

「もちろん」


 オリハ先輩は優しく目を細める。それを見て、私は視線を外した。彼のその、愛おしそうな視線に絆される訳にはいかない。魅了されない、と宣言したのだ。

 私の内心を知ってか知らずか、オリハ先輩はすっと立ち上がった。


「そうと決まれば、行こう。できるだけ開かれていない道を選んで行けば、比較的安全なはずだ」

「はい。今日は、マッピングツールも風見鳥もないですけど……道順は頭に入ってます」

「頼もしいね」


 オリハ先輩はくすくすと笑う。どこか煮え切らない感情を振り切るように立ち上がり、保健室の出口へと向かった。



 本校舎を出る。正面から出るのはリスクが高いので、ゴミ捨て場に繋がる裏口を使った。マヤ・ナイラでは清掃員くらいしか出入りしない。だが、今回はこの小さな出入口がありがたかった。

 できるだけ建物に沿うように進む。やはり、影のひとつも落ちていない。隠れられているのか、いないのかも分からない。でも、やらないよりマシだと思った。


「……ついたね」


 オリハ先輩の声に顔を上げる。あっさりと森に辿り着いた。少女が追ってくる気配はしない。もっとも、最初から気配のしない少女だったので、あえて見逃されているという可能性もなくはないが……。


(……っ、考えてもキリがない)


 頭を振って目の前の森を見据える。オリハ先輩と初めてここに立った時のことを思い出した。あの時とは、覚悟が違うのだ。ただ流されているだけの私ではいたくない。自分で、自分にとって最良の判断をするのだ。


「行きましょう」

「うん」


 一言だけ交わして、私たちは森の中に入った。中の景色はマヤ・ナイラとそう変わらない。でも、影がないせいでとんでもなく明るく感じた。

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