第33話
(……くる!)
私は直感だけを頼りに、大きく後ろへ飛んだ。数瞬前に私がいた場所が、黒い鞭によって薙ぎ払われる。地面が抉れた跡を見て、ごくりと唾を飲んだ。
少女のもうひとつの腕が伸びるのが見える。とっさに風のバリアで防ぐが、そのままお互いを弾き、衝撃でさらに後ろに飛ばされた。
「……っ」
なんとか受け身を取ってすぐに立ち上がる。少女はオリハ先輩と攻防を繰り返していた。少女の攻撃は重いが、こちらの有利は二人であるというところにある。
「繋がれっ……!」
地面に魔力を通わせる。狙うは彼女の足元。地中から魔力が伸びて、少女の足元から地面が盛り上がった。
「よしっ……!」
土埃が舞い、一瞬少女の姿が隠れる。その隙にオリハ先輩は距離を取った。
「ナツさん。……くるよ」
頷いて、構える。追撃が来ない訳がない。両者を隔てた土埃は、格好の目隠しでもある。それを逃す手があるだろうか……?
しかし、少女の攻撃がくる気配はなかった。土埃が晴れて、その奥にゆらりと佇む少女の姿がある。
「つまんない。つまんない」
「え……?」
「もっと。もっとちょうだい」
その瞬間。薄かった少女の存在感が、空間がねじれるほどに膨らむ気配がした。暗くて、感じるだけで息苦しい、負のエネルギーの塊。それがどんどん大きくなっていく。
「っ……!?」
質量も、圧力も、桁違いだ。私はその威圧によろめいて、後ろ足をしっかりと地面につけた。それでも、歪む空間の咆哮のような風に耐えきれず、飛ばされそうになる。
「ナツさん!」
「……っ、オリハ先輩!」
「逃げるよ!」
オリハ先輩の言葉に頷く。オリハ先輩は風の剣を投げる。それは一瞬だけ空気を切り裂いて弾けた。その一瞬だけ、空間の圧が弱まって、私は全力で後ろに駆けた。
無策であれに挑むのは、無謀だ。嫌でも認めざるをえなかった。きっとオリハ先輩も同じなのだろう。悔しそうに唇を噛みながら、並走する。
「あはははははは!」
空間全体に反響する笑い声が、耳を刺した。
◇
私たちはとっさに本校舎の中に入った。保健室の中に身を寄せる。オリハ先輩は部屋の入口にインクで術式を描き、簡易的な結界を張った。
「……これで、一度は攻撃を防げる、はず」
オリハ先輩は動揺した声で言った。彼の張った結界は強固なものだ。質の高い術式なのだろう。それでも完全に安全とは言い切れず、言葉を濁している。
今まで見たことのない、異質な存在。あの少女の強さは、底知れないものがあった。彼女の笑いを思い出して、ぶるっと震える。
「どうしたら殺せるんだろうね、あれを」
オリハ先輩は殺意をみなぎらせたままの瞳で考えている。殺し合いということには何の疑問もなく受け入れているようだった。
「……殺し合い、か」
ぽつりとこぼした言葉に、オリハ先輩は少し態度を緩めて私を見た。
「……怖い?」
「……少し。でも、覚悟は決めていたつもりです。何があってもやらなきゃいけないんですよね」
こぶしを握る。オリハ先輩はふわりと優しく微笑んだ。
「そうだね。僕たちの目的は、卒業することだ」
「……あの子を殺すことで、私たちは卒業する……」
なんだろう、と胸を抑える。どこか、違和感がある。心になにか引っかかりがある。その正体を考えようとしていると、頭にぽんと手が置かれた。
「大丈夫。僕がついてる」
オリハ先輩が優しく芯のある声で言う。そう言われると、何があっても大丈夫なように感じた。私とオリハ先輩が同じ目的で共闘している。その事実だけで、奮い立つ心地がする。
「……はい。ありがとうございます、オリハ先輩」
ゆっくりと落ち着いていく心を感じてお礼を言うと、オリハ先輩はふっと目尻を下げた。
「本当にいい子だね。君は」
「え?」
そのまま何度か撫でられて、私は思わずむっとする。なんだか子供扱いされているようだ。
「大丈夫です。心配されなくても」
「ふふ、そうだね。ナツさんは強い子だ」
そう言いながら、オリハ先輩はにこにこしたまま私を撫でている。ため息をついてその手を払うと、保健室のベッドに腰かけた。
「少し休憩します。魔力、温存しておかないと」
「うん。それがいい。あたたかいお茶でもあるといいんだけどな」
オリハ先輩が室内を見て回る。その様子を見て、魔力供給をしてくれた彼と重なった。
(……変なこと思い出さないで、私)
触れられた熱と、オリハ先輩の魔力が微量流れ込んでくる感覚が思い返されて、私は頭を振った。
お茶を沸かして持ってきてくれたオリハ先輩には、先ほどまでの殺気はほとんど残っていなかった。




