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マヤ・ナイラの残響  作者: よるん、
第三章「卒業試験」
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第32話

 私はぐるりと辺りを見回す。


「ここって、どこなんですかね」

「うーん……闇の魔力でできた空間なんだろうけど、これほどの規模となると、核にあたるものがとんでもない代物なんじゃないかな」

「核……」


 オリハ先輩が魔法生物を呼び出した時のことを思い出す。あの時は、レシピに書き写した術式が核の役割を果たしていた。

 でも、大規模な空間となるとどうなるのだろう。自然の中に空間を生み出すなんて、相当な改変だ。


「とにかく、僕たちは試験の概要を知らないといけないね。一通り探索してみないと……」


 オリハ先輩は、そう言いかけて顔を上げた。険しい顔で周囲を警戒している。


「オリハ先輩?」

「気を付けて。何かくる」


 何も他の魔力の気配は感じられない。でも、オリハ先輩がいうのならそうなのだろう。私はいつでも魔法を使えるよう、体内の魔力に集中した。


「クスクス」


 微かに笑い声が聞こえた。不思議な声だ。音として空気を伝わっているわけではない。空間全体で声が反響しているかのようだ。ぐにゃりと頭が軋むような感覚に目眩がする。


「なに……っ!」


 警戒を強めた私たちの前に、小柄な少女が現れた。いつの間にいたのだろう。認識の隙間をついたかのように、彼女はそこに立っていた。おかっぱの艶やかな黒髪をさらりと流して、首を傾げる。


「いらっしゃい。いらっしゃい」


 少女はにっこりと笑った。私は見てはいけないものを見たような感覚に襲われて、背中に怖気が走った。少女からは、魔力が感じられない。それどころか、気配も存在感も感じない。


「何者……?」


 声を低くして言うと、少女は嬉しそうに答えた。


「アン。アンだよ」

「アン……って、レンリ先生の魔法生物……?」


 ぽかんと混乱する私に、彼女は不思議そうな目を向けた。


「レンリ。レンリの友達?」

「……レンリ先生の知り合い?」


 だとしたら、この子は味方なのだろうか。でも、彼女の不気味な雰囲気が、とてもそうとは感じさせない。

 隣のオリハ先輩が、一歩前に出て彼女を睨む。その姿から殺気のようなものを感じて、私は一瞬肩を震わせた。


「君は誰? どうしてここにいるの?」

「あはは。あはは!」


 オリハ先輩の問いに、アンと名乗った少女は楽しそうに笑った。


「好き。わたし、あなたのこと好きよ」

「質問に答えて。君はどうしてここにいるの?」


 アンは不気味に笑う。ひとしきり笑った後、にまりと嫌な笑みを見せた。


「理由。理由はなんでもいいの」

「なんでもいい?」

「簡単。簡単なこと」


 アンは遊びに誘うように手を広げて見せた。


「殺す。わたしはあなたたちを殺す。あなたたちは、私を殺す」

「……っ!」


 身体を強張らせる。やっぱり、この子は敵なのか。足裏からの魔力を感じる。闇の魔力でできた空間ではあるが、普段使っているエネルギーもちゃんと存在しているようだ。


「それだけ。それだけ!」

「……それなら、話が早い」


 はっとして隣を見ると、オリハ先輩はもうそこにいなかった。

 オリハ先輩の手には、風の力で編んだ剣が握られている。殺傷力に特化した鋭い刃だ。それを叩きつけられた少女は、腕でそれを防いだ。どろり、と腕が黒い泥のようなものに変わる。刃はそれを切り裂いて、泥の塊がぼとっと落ち、そのまま地面に消えていった。


「あはははははははははは!」


 少女が口を大きく開け、笑い声を響かせる。私は思わず耳を塞いだ。空間全体に反響する笑い声に、頭が割れそうなほど痛くなる。


「殺し合い。殺し合い!」


 少女は黒い手を鞭のようにしならせ、オリハ先輩を狙った。


「オリハ先輩!」

「……っ!」


 オリハ先輩は間一髪でそれを避け、こちらに戻ってくる。心なしか彼の目がぎらぎらと滾っているような感じがして、私はぶるっと身を震わせた。


「……ナツさん」


 オリハ先輩の目が、ぎろりとこちらを向く。それだけで、私は硬直してしまう。


「卒業試験は、もう始まってるよ」


 はっと気を取り直す。少女の出現に困惑していたが、そんな場合ではないのだ。殺し合いをする、と彼女は言った。試験内容がそれだとしたら……戦わなければならない。

 少女は鞭のようになっていた腕の先を引っ込める。すると元の人間の腕に戻った。


「うふふ。ふふふ」


 私は注意深く彼女の様子を窺う。魔力を感じない。気配も感じない。彼女は人間ではない。でも、魔物なのだろうか? それすらも分からない。レンリ先生の魔法生物と同じ名前を持った少女は、ゆらりと身体を揺らした。


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