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マヤ・ナイラの残響  作者: よるん、
第三章「卒業試験」
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第31話

「忘れ物はない?」

「大丈夫だと思う」


 母の嬉しそうな声に返しながら、大きな荷物を背負う。長期休暇が明け、今日から学校が始まる。

 つまり、卒業試験が始まるのだ。送られてきた書類を読むと、私たちはマヤ・ナイラに泊まり込み、合否が出るまで試験を続けるらしい。

 そんな無茶なやり方、普通ならできないだろう。でも、マヤ・ナイラの卒業という名誉を前に、両親は疑問を抱かないようだった。


「行ってきます」


 家を後にして、マヤ・ナイラへ向かう。校門まで伸びる長い道。周りには呑気にあくびをしている生徒、朗らかに談笑している集団、手を繋いで登校しているカップル。その中で、私は眉根を寄せて校舎を見据えた。

 呑気な生徒たちは知らない。私たちは魔物の力で守られている。マヤ・ナイラにいる限り、進む道も、生き方も、変えられない。


「……それでも、やってやる」


 校舎の向こう側に、高い時計塔が見える。朝靄に包まれたそれを、私は睨んだ。マヤ・ナイラのシンボル。ひときわ豪奢な装飾。立ち入り禁止の聖域。私たちは、その前に集合することになっていた。


「おはよう。ナツさん」


 オリハ先輩は既に到着していた。彼の荷物はやたらと少ない。最低限の着替え、といった具合だ。そこまで長居する気もないのだろう。私だってそうだ。卒業試験は合否が決定するまで続くが、そう長くやっていては身がもたない。


「やぁやぁ、お揃いだね、二人とも」


 やたら明るい声がして、レンリ先生がにこやかにやってきた。その半歩後ろを、マウ先生が不機嫌そうに歩いている。


「どうしたんだい、気難しい顔して。これから長い試験が始まるんだ、肩の力を抜こうじゃないか」


 レンリ先生はいたっていつもの調子で、私は呆れてため息をついた。

 コホン、とマウ先生が咳払いをする。


「レンリ、お喋りは控えて。揃っているなら早速卒業試験の会場に案内するわ」

「会場?」


 首を傾げる。てっきりマヤ・ナイラの敷地全体で何かをするのかと思ったが、専用の会場があるらしい。でも、どこに? まさか、細長く建つ時計塔の中ではあるまい。

 マウ先生は手を時計塔にかざす。


「鍵を」


 呼びかけに応じて、時計塔の小さな扉が淡く光った。小さな術式が浮かび上がって、そこから一本の木の杖が出てきた。

 マウ先生は緊張した面持ちでそれを手に取る。術式は、すぐに消えてしまった。

 カン、と大きな杖を床につき、マウ先生は両手で祈るように握った。魔力が杖に流れ込んでいくのを感じる。その魔力は杖の内部で奇妙な構造に変化して、床に垂れた。


「開いて」


 マウ先生が震える声を絞り出すように言う。どろりと床に垂れた魔力は、黒い術式を描き始めた。私は息を呑んでそれを見守る。……影の気配だ。マウ先生の魔力が、杖を通すことで闇属性にねじ曲がっている。マウ先生の表情が苦痛に歪む。苦悶の声を噛み殺すように、杖を強く握りしめている。その指がやけに白く見えた。

 魔力が変換されるごとに黒い術式は広がっていき、やがてひとつのゲートになったようだった。ここから、卒業試験の会場に繋がっているのだろう。


「二人とも。行こう」


 いつになく真剣な顔をしたレンリ先生に促されて、私たちは術式に足を踏み入れる。それを確認して、マウ先生は声を振り絞って宣言した。


「オリハ、ナツ。卒業試験を開始します」


 黒い術式が黒い靄を上げる。

 そして、意識がすっと遠ざかった。



 目を覚ますと、時計塔の前で横たわっていた。ぼんやりと視線を上げると、やけに白い空が視界に広がった。雲がない。日光すら感じられない。無機質な空気で満ちている。


「……ここは……」

「おはよう、ナツさん」


 オリハ先輩が覗き込んできて、慌てて上体を起こした。


「ここは、一体」


 ぐるりと見回したところ、いつものマヤ・ナイラである。でも、何かが違う。妙な違和感に胸がざわつく。オリハ先輩を振り返ると、彼は真剣な表情で頷いた。


「どうやら、来たみたいだ」

「……卒業試験の、会場ですか?」


 オリハ先輩は頷く。きっとここは、マヤ・ナイラでありマヤ・ナイラではない。人の気配がまるでない。一緒にいたはずのレンリ先生やマウ先生の姿すら見えない。どこかから見ているのだろうか。そして一番の違和感は、影だ。建物はマヤ・ナイラそのままなのに、影が一切ないのだ。なぜなのかは分からないけれど、このまま地面に座っているわけにもいかない。

 土埃をはたいて立ち上がり、オリハ先輩を見返して言う。


「行きましょう、オリハ先輩」

「うん。行こう、ナツさん」


 得体の知れない空間を歩き出す。マヤ・ナイラの空気に、うっすらと闇属性の魔力が混ざっている。身体がどうしても緊張してしまい、こぶしが震える。何が起こってもおかしくはない。無理矢理こぶしを固く握った。


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