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マヤ・ナイラの残響  作者: よるん、
第二章「長期休暇と祝祭」
28/32

第28話

「少し、私の話をしてもいいかしら」


 マウ先生は、躊躇うように言った。頷くと、小さくありがとう、と呟いてうつむいた。


「私は卒業をするために、マヤ・ナイラに通っていた。それだけを考えていた。勉強も、魔法の修練も、卒業のために。そして一族のために」


 マウ先生はこぶしに力を込める。かすかに震えているように見えた。


「でも、実際に卒業試験として課されたのはレンリのお守りと同義だった。どうしてこのちゃらんぽらんとバディを組まなきゃいけないのかって、理解に苦しんだわ」


 同情してしまう。私から見ても、レンリ先生の軽薄さは苛立ちを覚えるものだ。真面目なマウ先生にとって、そんなレンリ先生とバディを組まなきゃいけないことは苦痛だっただろう。


「……でも、間違っていたのは私の方だった」


 顔を上げて隣を見る。マウ先生の黒髪が垂れて、顔を隠している。どんな表情をしているのか、こちらからは読み取れなかった。


「レンリは私にないものを持っていて、私が一人で積み重ねてきたものをやすやすと超えていった」

「……マウ先生」


 レンリ先生が、天才と呼ばれる所以。魔法の才能。光のエネルギーすら扱えてしまうほどの、卓越した素質。


「……でも、レンリは、そんな私を慕ってくれた。まるで犬みたいに後ろをついてきた」


 マウ先生の声が柔らかくなる。それだけで、彼女の複雑な心境が伝わってくるようだった。


「マヤ・ナイラの校長にとって、私に足りないものなんてお見通しだった。レンリに足りないものも。だから、私たちを引き合わせた」


 マウ先生の様子に、静かな怒りを感じる。初めて見る様子だった。胸の奥を滾らせるような、深い憎悪だった。


「……このクラウンは、忠誠の証」


 マウ先生は私を見る。その目に、迷いなどなかった。


「私たちは、校長に逆らえない。……逆らえない理由を、与えられている」


 私は顔を険しくした。それは、私がずっと感じていた違和感そのものだった。

 オリハ先輩は、そうするしか道がない、と言った。そして私も、逃げられるはずがなかったのだ。生まれた時から一族に期待をされ、マヤ・ナイラの受験を決められていて、従順に勉学に励むことを最初から植え付けられている。私の意思とはなんだったのだろう。私の選択肢とは、幻想だったのではないか。そんなことを思ってしまうくらいに、私は敷かれたレールの上をまっすぐ歩いていた。


「……私がオリハ先輩とバディを組むことになったのも、そういう理由なんですか」


 我ながら呆れた質問だった。マウ先生は諦めのような、憐れみを含む表情で私を見る。


「……それなら」


 私は足裏をしっかりと地面に押し付けた。自分の中の魔力が昂るのを感じる。私は、そんな自分自身を信じたかった。


「私は足掻きます」


 マウ先生は弾かれたように顔を上げた。驚いたように目を丸くする。ずっと憧れていた、真面目で堅実なマウ先生ではない。ただ、燻った怒りを抑えていた彼女に、私はまっすぐ向き合った。


「マウ先生やレンリ先生が逆らえないなら、いいです。オリハ先輩がそれ以外の道を探さないというなら、いいです。私も、逃げることなんてできません。……逃げません」


 言い直す。これは誓いだ。どこまでできるのかなんて分からない。もしかしたら、何もできず終わるのかもしれない。でも、それだけでは終わらせない。逃げないままで、自分の力を示してみせる。

 国家公認の魔法使いたちの、暗い瞳を思い出す。魔物と戦う運命から逃れられず、自分を殺すしかなかった彼らを、私は知ってしまったのだ。


「……私は、負けたくないです」


 オリハ先輩との模擬戦闘を思い出す。実力差は圧倒的だった。それでも、負けたくないと思った。そしてオリハ先輩も、負けたくないと言っていた。その言葉を信じたかった。抜け出そっか、と言ったオリハ先輩を思い出す。きっと、彼も諦めきることなんてできなかったんだ。それでも諦めを背負おうとしている彼と卒業試験に臨むこと。マウ先生やレンリ先生が諦めるしかなかったものに、私たちが挑むということ。きっと簡単なことではない。それでも、意味があると思いたかった。


「……ナツさん」


 マウ先生は、真剣な顔で私を見た。本気を感じたのだと思う。彼女は肯定も否定もせず、ただ私を見つめていた。


「校長は、全てを見通している。私たちがどう考え、どう動くのか。……マヤ・ナイラの頂点に立つ者は、伊達じゃないわ」

「……はい」

「それでも、抗うというのなら、止めはしない。……私たちがなしえなかったものを、あなたたちがしようとするのなら、……私は見てみたい気もする」


 マウ先生はふわりと笑みを浮かべた。


「応援してるわ」

「……はい!」


 私はしっかりと頷く。体内の魔力が、沸騰するように熱い。でも、嫌な感じではなかった。むしろ、人生で初めて、私自身のエネルギーとして魔力が呼応しているように思えた。


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