第27話
拍手と喝采の洪水に、頭が割れそうになる。国全体の期待と羨望、憧れを一身に浴びて、彼らは歩き出していた。
「大丈夫?」
「……はい」
マウ先生の気遣いに、なんとか返す。動悸を落ち着かせようと荒い息をしながらも、国家公認の魔法使いから目を離すことはしなかった。
彼らの目は国民に向いていない。ただまっすぐ、道を歩いているだけ。そして一様に、喪失を湛えたような薄暗い瞳をしていた。ずしりと重たい魔力を背負って、彼らはどれだけ戦いと向き合ってきたのだろう。仲間の死を何度受け入れてきたのだろう。そんな想像が、私の胸を締め付けていた。
「……ナツさん」
マウ先生の声がする。優しい、憐れみを含んだ声色。もしかしたら、気付いているのかもしれない。私の、死の気配に直面した動揺と、底知れない恐怖を。
「顔色が悪いわ。涼しいところへ移動しましょう」
「嫌です」
「え?」
自分でも、なんでなのか分からなかった。こんなにも怖いのに、彼らから目を離せない。マウ先生の気遣いを押し切ってまで、私は凱旋式を見届けたかった。
「……いさせてください」
マウ先生が息をのむ気配がする。心の中でごめんなさいと謝る。でも、どうしてもこうしなきゃいけないと思ったのだ。
魔法使いたちは顔色を一切変えず、一定の歩調で凱旋し、目の前を通り過ぎていく。その中の一人が、ほんの少しだけ、ぴくりと瞼を震わせた。ちらりと目線だけがこちらに動く。私は呼吸することを忘れ、眼球の動きに釘付けになった。
目が合ったのは一瞬だけ。それで、十分だった。その魔法使いは何もなかったかのように歩みを進めている。私は茫然とその場に立ち尽くす。
「……先生」
声が震える。目線を動かすことはまだできなかった。私に振り返るマウ先生の気配だけを感じて、私は言う。
「凱旋って、そういうことですか」
マウ先生の気配が、暗さを増す。
「祝祭って、そういうことなんですか」
不思議と口角が上がる。こんなにも恐ろしくて、震えが止まらないのに、おかしくてたまらない気持ちになっていた。
「マヤ・ナイラって、そういうことなんですね」
マウ先生は何も言わない。ただ、見たことないほど暗い気配を漂わせている。それだけで、十分だった。
「……マウ先生」
再び呼ぶと、彼女は顔を上げた。私は息を深く吸う。
「私、卒業試験、受けます」
マウ先生は、落ち着いていた。ただ、暗い気配を纏って、私の宣言を受け止めていた。
「そう」
言葉は、それだけだった。私は震えの止まらない息を大きく吐き出すと、睨むように魔法使いたちの後ろ姿を見つめた。
国民たちの歓声が遠く感じる。隔てるように積もった彼らの濃密な魔力を、目に焼き付けた。
「凱旋式は終了となります」
無機質なアナウンスと共に、人々が散り散りになる。各自、店番や宴に戻っていく。私はその中で、動きもせず佇んでいた。軽くうつむき、こぶしを握る。
「ナツさん」
マウ先生が私を呼ぶ。その声には暗い響きはなく、いつものマウ先生だった。
「場所を変えましょう」
「……いいんですか、警備のお仕事」
「生徒を見守るより大事な仕事なんてないわ」
さらりと言って、マウ先生は踵を返した。私はその背中に強い意志を感じて、心を決め後に続いた。
マウ先生は広場を抜け、住宅街を通り、郊外もすり抜けていく。この先は国境だ。でも、誰もこんなところに足を向けない。行く必要がないからだ。鬱蒼と緑だけが茂っている場所に、マウ先生は躊躇なく足を踏み入れた。
「マウ先生、どこに」
「静かにして」
マウ先生は声を潜めて言う。その気迫に、私は口をつぐんだ。
ろくに手入れもされていない雑草だらけの場所だ。私たちは時折足を取られながら先へ進んだ。どこからがこの国で、どこからが他国なのか。私は、それすらも知らない。
「……着いた」
私は息をのんでそれを見つめた。常人には見えないものだ、とはっきり分かる。だって、それは、薄い魔力の塊であり、その性質は、一度でも見たことのあるものにしか分からない。
「……影だ」
ぽつりと呟く。感情も実感も追いつかない。国を覆うように、魔物と同質の、影の魔力が、国境を形作っていた。
影はドーム状に上に伸びていき、国を覆っている。一体、これはなんだ。魔物の力が、国を囲っている。
「なんですか、これ」
それしか言えなかった。先程まで感じていた死の恐怖も、不信感も忘れ、茫然とそれを見上げた。
「これは……」
マウ先生が躊躇うように声を揺らす。
「国を守るための結界よ」
「……結界……?」
これが? 私とオリハ先輩を、課題の中で死の危険を味わわせた、魔物の一部が?
「……はは」
私は今度こそ乾いた笑いを漏らした。本当に、おかしくてたまらない。なんだ、どうしようもないじゃないか。私たちの運命は全部決められていて、生きるのも死ぬのも、マヤ・ナイラに管理されている。私たちの命なんて、人生なんて、そんなものだったんだ。
私はひとしきり笑うと、どこか胸がすっきりしたような気持ちになった。諦めにも似ている。マウ先生は私の様子を見ても何も反応せず、ただ同じように影でできた結界を見上げていた。




