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マヤ・ナイラの残響  作者: よるん、
第二章「長期休暇と祝祭」
26/34

第26話

 祝祭当日の初日は、朝から国全体の雰囲気ががらりと変わる。日常が非日常になり、人々が浮き足立っている。

 この国に王はいない。あるのは政治家の集団だけだ。そして、異質なのはマヤ・ナイラの権力が、政治家を上回っているということ。つまり、実質の最高権力者はマヤ・ナイラの校長なのだ

 政治家の代表が祝祭の開催を宣言し、街はにわかに色めきだつ。大広場には出店が立ち並び、賑わっている。


「あら、あなた挨拶に来てくれた!」

「あ……こんにちは」


 朗らかな女性に話しかけられて、私は出店に寄った。私たちのことを覚えてくれた人たちは多く、大広場にいると歩くたび声をかけられた。

 オリハ先輩は、あの後何も変わった様子もなく、数日間に渡る挨拶回りを問題なく終えた。卒業試験の話も、丘でのことも、何もなかったかのようだった。


「えらいわねえ。さすがマヤ・ナイラの生徒さんだわ」

「はは……」


 感心した様子の女性に、苦い笑みを返す。もう何度言われたか分からない。私は結局、マヤ・ナイラの生徒のうちの一人だった。


「この後、凱旋式があるでしょう? 楽しみね」

「そう、ですね」


 祝祭のメインイベントである凱旋式は、国家公認の魔法使いたちが唯一、一堂に会するイベントだ。私自身も、去年まではなんとはなしに見ていたイベントだ。普段は世界各地で戦っている立派な魔法使いたちが、この国に戻ってくる。そんな彼らの一年を称える式。


「あなたも卒業できるといいわね! 応援してるわ!」


 悪意のない応援に、私は力なく笑った。

 なんとなく話につかまって曖昧な相槌を返していると、不意に後ろから声をかけられた。


「ナツさん?」


 マウ先生だった。はっとして、ぼんやりしていた頭を振る。


「マウ先生。こんにちは」

「ええ……」


 マウ先生がちらりと目をやると、女性は萎縮したように慌てて会釈した。


「すみませんが、うちの生徒をお借りしますね」

「ああ、どうぞ! ごめんなさいね、呼び止めちゃって」


 マウ先生に連れられて、その場を離れる。私は、ほっと胸を撫で下ろした。


「ナツさんって、世間話につかまるタイプなのね」

「あ……すみません。ありがとうございます」


 気を遣って助けてくれたのだろう。うなだれると、マウ先生はふっと微笑んだ。


「悩み事?」

「……はい。ぼーっとしちゃって」

「そう。無理はないわね」


 マウ先生はあっさり言って、半歩前を歩いている。私はその後をついていく。どこに向かっているのだろう。人が多くて、はぐれないようにするので精一杯だ。


「これから凱旋式があるでしょう。私たちは警備を任されているの」

「当日まで……大変ですね」

「警備といっても、例年通りなら何事もなく終わるし、ただ見守っているだけよ」


 無感情に言う。マウ先生にとっては仕事のひとつでしかないのだろう。国の人々にとっては大事な行事であり、盛り上がるイベントでもある。でも、マヤ・ナイラの教師にとっては……。

 そこまで考えて頭を振った。余計な考え事を増やすのはいけない。


「良かったら一緒に見ましょう。私も退屈していたところだから、話し相手になってくれるかしら」

「あ……はい。ぜひ」


 顔を上げると、マウ先生は疲れが滲んだ笑みを浮かべていた。準備の時からずっと働き通しだったのだろう。普段は授業があり、長期休暇はこうして駆り出される。マヤ・ナイラの教師は、そういうものなのだろうか。


「マウ先生は、どうして教師になったんですか」


 気付けばそんな疑問を口にしていた。マウ先生は一瞬面食らったように目を見開いて、力なく微笑んだ。


「そうするしかなかったから、かしらね」


 その答えに、私は妙に納得していた。もしかしたら、みんなそうなのかもしれない。


「……マヤ・ナイラって、そうなんですか」

「え?」

「上流階級の家柄と、マヤ・ナイラの権力の間で、私たちはただ従うしかないんですか」


 マウ先生は目を伏せた。憂いを帯びた睫毛が小さく震える。きっと、それが答えだった。


「まもなく、凱旋式を始めます」


 アナウンスが鳴る。歓声と共に、大広場の規制された道の向こうから剛健な気配が現れる。それは、何度も何度も死地を潜り抜けた戦士たちの、地に足の着いた静かな魔力の塊だった。


「……始まったわね」


 マウ先生が頭をもたげる。真面目で堅実な、私の憧れである彼女は、ただ見守っているだけ、と言いつつも警戒の雰囲気になっていた。そのことが、今だけはすごく痛々しく見えた。


「よく帰還した!」

「素晴らしい魔法使いだ!」


 口々に賞賛の言葉を浴びて、国家公認の魔法使いたちは歩き出す。まだ遠くに感じる彼らの魔力は、それでも重たい質量を纏っていた。

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