第23話
私の一族が生業としている織物の技術は、本来東洋のものだ。本家も東洋にあり、その地域では皆が着物を普段着として着用している。織物や装飾の緻密な美しさは、次第にひとつの東洋文化として世界に広まりつつある。ところがこの国では、まだ観賞用の高価な見世物という認識が一般的だ。一族がどうにかして文化を流入させようと機会を狙っていたことは間違いないだろう。
「あ、ナツちゃん。帰ってきたの?」
店前で父が掃除をしていた。口を曲げた私と、隣のオリハ先輩を見比べて、首を傾げる。
「お友達?」
「オリハと申します。ナツさんにはいつもお世話になってます」
オリハ先輩はこれ以上ないほど礼儀正しく挨拶をした。それを見て、父はうやうやしく礼を返した。
「これはこれは、ご丁寧に」
「僕たち、学校のお手伝いで、祝祭に出店する方々にご挨拶をしているんです」
「あぁ、そうなんですね。どうもありがとう」
父は誰に対しても丁重な態度を崩さない人だ。オリハ先輩の妙に整った容姿や私のむすっとした態度にも眉ひとつ動かさず、にこやかに接する。
オリハ先輩と確認事項のやり取りをしているのを横目で見ていると、ふいに父は私を見た。
「ナツちゃん、オリハくんにご迷惑のないようにね」
「……はい」
顔色ひとつ変えない父に、私は低く返事をした。正直なところ、私は父が怖かった。怒っている姿どころか、苛立っている姿すら見たことはない。ただ常ににこやかに微笑んでいる父に、私は何も反抗ができなかった。
「オリハくん、お茶でも飲んでいくかい?」
「いえ、お手伝い中なので……」
「そうか、そうだったね。また今度、ゆっくり遊びにおいで。いつでも待ってるからね」
「ありがとうございます」
オリハ先輩は戸惑ったように笑みを浮かべて、お辞儀をした。そして二人で店前を去ると、私は張り詰めていた息を大きく吐いた。
「ナツさん、お父さんと折り合いが悪いの?」
私の緊張なんて見透かされているようだ。余計に口をへの字に曲げて、吐き捨てるように言った。
「そんなことないですよ。何もないです」
「そっか」
オリハ先輩はそれ以上何も聞かなかった。ただ、無言の気まずい空気が流れる。ふと気になって、問いを投げかけた。
「オリハ先輩って寮生だったんですね。マウ先生から聞きました」
「あぁ……うん、そうだよ」
「実家は別の国にあるんですか?」
「うーん……」
オリハ先輩は煮え切らない返事をした。言いたくないことなのだろうか。
「あ、いや。無理に言わなくても大丈夫です」
「……そういう訳でもないんだけどね。実は僕自身も、よく分からないんだ」
「え?」
胸にざわりとさざなみが立つ。これは私が聞いていい話なのだろうか。戸惑う私をよそに、オリハ先輩はなんでもないことのように言った。
「実は記憶が曖昧でね。マヤ・ナイラに来るまでのことは、あまり覚えていないんだ。ごめんね」
「え……」
あまりにあっさりとした告白に、何も言えなくなる。オリハ先輩自身は、特に困った風でもなく、涼しい表情で隣を歩いていた。
「……それって、その」
「大丈夫だよ」
口ごもる私を見て、オリハ先輩は柔らかく微笑んだ。その様子があまりにも彼らしくて、どきりとする。
「僕自身はあまり記憶に執着がないんだ。マヤ・ナイラにいる限り、やることは決まってるしね」
「……卒業、ですか」
オリハ先輩は静かに頷いた。
「ナツさんがどうするのかは分からないけど、僕は卒業試験を受けるよ」
私は無言でうつむいた。あまりに自然な調子で言っているが、それはつまり、受けるしか選択肢がない、ということではないのか。
黙り込んでしまった私の肩を軽く叩いて、オリハ先輩は微笑んだ。
「大丈夫、ナツさんを巻き込むことはしないよ。ナツさんは、ナツさんの選択をすればいい」
穏やかな声に、私は頷くことができなかった。私の選択とは、なんなのだろう。将来やりたいこともない私に、選ぶ権利などあるのだろうか。生半可な覚悟で卒業試験を受けることも、半端な意思で退学をすることも、どちらも自分に相応しくないような気がしていた。
「……オリハ先輩」
「うん?」
「……少し、相談に乗ってくれませんか」
声が震える。誰かに悩みを聞いてもらうなんて発想、今までなかった。でも、今は一人で考えるのがとんでもなく難しいように感じた。……オリハ先輩なら。一緒に魔物と退治した彼なら、少しだけ心の内を見せてもいいのかもしれない。そんな、不確かな希望を持ってしまった。
オリハ先輩は柔らかな笑みで、愛おしそうに目を細めた。
「いいよ。一区切りついたら、どこか腰を落ち着けて話そうか」
「……ありがとうございます」
うつむいたままの私に、オリハ先輩はそれ以上何も言わず、前に向き直っていた。




