第21話
我が国では、一年に一度、「祝祭」と呼ばれる催し物が行われる。それに合わせて、マヤ・ナイラもひと月ほどの長期休暇が入るのだ。
実際の祝祭は一週間ほどだが、準備と片付けに時間を要す。そのための長期休暇といっても差し支えないだろう。国を挙げてのお祭りなので、生徒たちも家業を手伝い、祝祭に向けての準備をするのだ。
私も例に漏れず、バタバタしている両親の手伝いをしていた。私の家は、先祖代々着物の仕立てをしている。この国に引っ越してからも、両親は各地から仕事を請け負っていた。祝祭では、展示用の特別な着物を仕立てる。普段使いの着物より豪奢で、繊細な刺繍をふんだんに施す。毎年の祝祭のため、母は普段の仕事をしながら、何ヶ月もかけて支度をしている。
「ナツちゃん、お使いを頼みたいのだけど」
そう母に言われ、私は街に繰り出した。メモを手に、寄るお店のルートを頭の中で描く。
国全体が、祝祭の準備で賑わっている。一年に一度の盛大なお祭りは、この国にとって重要な意味を持つ。
「あら、ナツさん。奇遇ね」
商店街を歩いていると、マウ先生の姿があった。長期休暇であっても教師である時と同じ姿だ。
「マウ先生も祝祭の準備ですか?」
「えぇ、まぁ……」
煮え切らない様子で、マウ先生は手元に目線を落とした。抱えているボードには羊皮紙が何重にも張り付けられていて、マウ先生の目元には疲れが滲んでいた。
「……私にお手伝いできること、ありますか?」
「え?」
マウ先生はぽかんと顔を上げた。
「今は買い物の途中ですけど、私自身はそんなに忙しくないので」
それに、と心の中で付け加える。
長期休暇が終われば始まる卒業試験。私はまだ、覚悟も選択もできないでいた。あれからオリハ先輩とは会っていない。チャットで言葉を交わすことすらしていない。でも卒業試験のことを考えると、オリハ先輩のことも考えずにはいられなかった。
ずっと悩んでいては、精神がやられてしまう。体を動かしていた方が、まだ気が楽というものだ。
「……そう、ね」
マウ先生は考えるように目線を落とす。
「それなら、頼めることがあったら声をかけるわ。ありがとう」
疲れた様子にも関わらず、ふわりと柔らかい笑みを浮かべるマウ先生を見て、同性ながらどきっとしてしまう。真面目で、誠実で、感謝を忘れないマウ先生の姿は、やはり私にとって憧れの女性だった。
「……ちなみに、今日は何の準備をしているんですか?」
「あぁ……これは」
マウ先生は一瞬口ごもり、浮かない声色で言った。
「マヤ・ナイラの教師としての仕事よ。祝祭は、マヤ・ナイラも深く関わっているから」
「なるほど……」
マヤ・ナイラは、国に対しても強い権力を持つ。国を挙げての大きなお祭りには、マヤ・ナイラも密接に関わっているのだろう。
憂鬱そうなマウ先生を見て、ふと卒業試験を言い渡した先生の姿を思い出した。いつも冷静な彼女が、一瞬見せた悲しげな表情。あれは一体、どういう意味だったのだろう。
問い質すこともできず、私は話題を変えた。
「そういえば、オリハ先輩も家の手伝いとかしてるんでしょうか」
「あぁ……オリハは」
何気なく聞いた質問で、マウ先生はより表情を曇らせてしまった。
「オリハは、寮生なの。休暇中も特に用事はないんじゃないかしら」
「そう……なんですか」
初めて知った。勝手に聞いても良かったのだろうか、と少し不安になる。そんな私を見かねてか、マウ先生は何か思いついたように微笑んだ。
「ナツさん。よかったら、オリハと一緒に私の仕事を手伝ってもらえるかしら」
「もちろん、オリハ先輩が良ければ、是非」
願ってもないことだ。どっちにしろ、卒業試験の相談をしたいと思っていたところだったのだ。
「それなら、夜にチャットを送るわ。よろしくね」
「はい!」
意気揚々と返事をして、マウ先生と別れた。母に頼まれた買い物のため、商店街を進んでいく。足取りは先ほどよりもいくぶんか軽やかになっていた。
オリハ先輩とはしばらく会っていない。寮で暮らしているという彼は今、何を考えて過ごしているのだろうか。久しぶりに会えるかもしれない、という期待が、不思議なほどに膨らんでいった。




