第20話
合同実習の日が来た。あの後、オリハ先輩は医務室に連れていかれて、私は軽い魔力供給を受けた後、家に帰された。そのまま、この時間までオリハ先輩とは顔を合わせていない。マウ先生が大丈夫と言っていたから、きっと大丈夫なのだろう。それでも心配は拭えなかった。
お昼休みを経て実習室に向かう。足取りはかなり重い。色々あったとはいえ、結局、魔法生物を捕まえるということは達成できていないのだ。先生たちは、私たちをどう評価するのだろうか。
「やあナツくん、早いね!」
実習室に入ると、すでにレンリ先生が椅子に座ってだらだらしていた。端末を片手に私に笑顔を向けてくる。
「……私は行動が早いんです」
実習の時間まではまだ二十分ほどある。それでも先にレンリ先生が来ていたということは、この人もかなり暇人なのではないだろうか。
「オリハくんに早く会いたくなっちゃった?」
「なっ……やめてください。そんなことないです」
無遠慮に聞くレンリ先生の言葉に、私はため息をつく。でもどこか心の奥で図星を刺されたような気がして動揺を隠した。早く会いたい、なんてロマンチックな理由ではない。ただ、私を庇って傷を負ったオリハ先輩が心配なだけだ。レンリ先生は何を思ったか、ニヤニヤと私を見ていた。
「あら、ふたりとも早いわね」
レンリ先生と同じことを言いながら、マウ先生が実習室に入ってきた。
「マウ先生こそ」
「オリハの様子を見に行ってたのよ」
オリハ先輩の名前を聞いてどきりとする。彼は大丈夫なのだろうか。
マウ先生は私の内心を見透かしたように柔らかく微笑んで、後ろを振り返った。続いて入ってきた影に、息を呑む。青灰色の髪が、静かになびいた。
「こんにちは。ナツさん」
「オリハ先輩!」
頭より先に足が動いた。驚くオリハ先輩の目の前に立ち、頭から足元までじっと観察する。魔力の様子も乱れなく、すっかり元気になったようだった。
「……良かった」
「ナツさん」
「……良かったぁ……」
思わず腰が抜けて座り込む。自分で思っていたより、オリハ先輩のことが心配で気が気でなかったようだ。彼は私と目線を合わせて、ぽんと頭に手を乗せてきた。
「ごめんね。心配かけて」
「本当ですよ」
その手を振り払って言う。
「勝手に人を庇って死ぬなんて、許しませんから」
オリハ先輩を睨むと、彼は呆気に取られたように私を見返した。
「……ナツさん」
「ふたりとも、そろそろ時間よ。実習を始めてもいいかしら」
マウ先生の言葉に、私とオリハ先輩は慌てて立ち上がった。レンリ先生が不満そうに口を尖らせる。
「えぇ、今いい所だったのに」
「貴方はもう少し教師としての自覚を持ちなさい、レンリ先生」
「はぁい、分かったよ、マウ先生」
仕方なく、といったていでレンリ先生は立ち上がり、マウ先生の隣に並ぶ。
「課題のことを話さないといけないわね」
「あー、そうかぁ……」
レンリ先生が苦い顔をする。なんだか話したくなさそうな様子だった。
「課題としては魔法生物を捕まえること。でも、本質はそこじゃないわ」
「……先生。あの魔法生物はなんだったんですか?」
尋ねると、レンリ先生が気まずそうに視線を逸らした。マウ先生はそんな彼を横目に、ため息をついて答えてくれた。
「あれはレンリの魔法生物で、名前はアン。私たちが使う一般的な魔法生物とは用途が違うの」
「用途?」
「えぇ。アンの役目は森の封印を管理すること。あそこには影と呼ばれているもの、とある魔物の卵が封印されている」
「じゃあ、最初から捕まえるなんて無理だったんじゃ……」
「ええ、そうね」
あっさりと言うマウ先生に、力が抜けてしまう。私たちはただ、試されていただけだったのか。
「……騙したみたいになって、ごめんなさい。校長からの指示に、私たちは逆らえないの」
マウ先生は目を伏せる。自らの腕をつかむ手に力が込められているのを見て、不穏なものを感じた。
「……校長からの、指示って」
マウ先生は呼吸を整えて、厳かに伝えた。
「オリハ。ナツ。両名に、卒業試験を課す」
息が詰まる。それはつまり、オリハ先輩とバディを組んで、卒業のために試験を乗り越えるということか。そんなの私は望んでいない、と言いたかった。卒業なんて、と言いたかった。でも、オリハ先輩は。私がここで引き下がったら、オリハ先輩はどうなる?
「申し訳ないけれど、これは確定事項。マヤ・ナイラの生徒として所属しているあなたたちに、拒否権はないの」
マウ先生の釘を刺すような一言に、胸の底が冷えた。
「もし試験を拒否するのであれば、すぐに退学処理をしましょう。卒業試験は過酷を極める。退学もひとつの選択肢ではあるわ」
私は何も言えず、足元を見下ろす。一週間前までの自分なら、退学すると言っていただろう。でも、今は? 魔物に襲われた恐怖、オリハ先輩が私の目の前で命の危機にさらされた絶望感。思い出しただけで全身が震え上がるようだった。
「……連絡事項はこれだけ。知ってるとは思うけど、マヤ・ナイラは来週から一年に一度の長期休暇に入る。もし退学処理をするのなら、その間に。卒業試験は休暇明けから始めるわ。質問があればいつでも連絡して。以上」
マウ先生はそう言い終えると、諦めを含んだ優しい声で、小さく付け加えた。
「……私たちは、どんな選択も受け入れるわ。よく考えて」
マウ先生は私たちの横を通り過ぎて実習室を出る。レンリ先生も、気まずそうな表情で後に続いた。
静かになった実習室で、オリハ先輩は踵を返した。隣を見ると、既に彼は扉に向かって歩き出していた。私を見ることもなく退出する。その表情からは、なんの感情も読み取れない。そのことが、なんだかすごく私の胸を苦しめた。
「卒業……試験……」
長期休暇の間に、卒業試験を受けるか、退学するか、どちらかを選ばなければならない。卒業試験を受けるなら……死の危険だって、ある。課題で味わったのは、その一端に過ぎないのだろう。
胸元にはまだ光の結晶が残っている。でも、オリハ先輩のペンダントは……。もし、あれがなければ、オリハ先輩は……。
「……っ」
ぎゅっとペンダントを握る。震えが止まらない。私に、もっと力があれば。そんなことを、初めて、思ってしまった。きっと全部、マヤ・ナイラの思惑通りなのだろう。それでも、認めたくなくても、この刻まれた恐怖は、たしかに私を奮い立たせていたのだった。
第一章完です。
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