オトコレの終わり
あの伊東くんと、ついに会話という会話をしてしまった。
伊東くんが、小学生の頃からどうしてか忘れられずにいた人だったという事実に、胸の高鳴りが止まらない。まさか、高校で再会できるとは思ってもみなかった。
高校では偶然の通りすがりなのに、ほかの男子から2回も私を助けてくれた。
普段は常に真顔なのに、笑ったときの印象が真逆。お礼を言ったときに柔らかくなった表情、私の名前を褒めながら見せた微笑みが、今でもずっと心の中に残ってて消えない。
伊東くんのことを、もっと知りたい。
あの日の昼休み以来、私は伊東くんのことばっかり考えてしまってる。こんなに誰かのことで頭がいっぱいになるのは初めてだ。
「おい香恋ー!!どーだったんだよ今日の昼は。」
兄が大声で呼びかけてきて、ノックもせずにズカズカと私の部屋に入ってきた。
「どーだ?いい女だっただろ?六歌」
彼女の話だ。それももう、ドヤ顔で聞いてきた。
「うん…すごく良い人だったよ」
「だろー!俺はマジで見る目あんだよ。お前も見習えよ」
「うん…」
「……」
お互いに想い合ってて、存在が誇らしくて、大事。兄たちの、一途で揺るぎない恋。それがどれだけ素敵なことか…。
六歌さんが兄について話した真剣な目、相手を想いながら話す表情は、強く印象に残った。あれこそが、恋する女子の表情だ。
「オイどうしたやけに元気ねぇな…まっまさか!俺のやべー話でも聞かさせたんじゃねえだろうな?!」
「そっそんなことないよ…!六歌さんも、お兄ちゃんはいい男だって言ってたし、迷惑かけてないって聞いて安心した」
「そうか…流石俺の六歌だわ、以心伝心ってやつか?…てかお前、さっきからボーっとして何なんだよ。悩みあんなら相談乗ってやるぞ?」
…ボーっとしてた?
あぁ、無意識に伊東くんのことを考えながら話してしまったせいだ。不覚にも、兄に心配されてしまった。
だがこの気持ちを正直に話すと厄介なことになりそうだ。兄は伊東くんから色々と聞き出しているみたいだから、私はそのことを知らなかったことにしといたほうがいい。
「べっべつに!六歌さんの話聞いてみて、お兄ちゃんたちの関係にちょっと憧れるなぁ~って思ってただけで…」
そうすると、兄の目が変わった。これは、真剣な話をするときの目だ。
「…『べつに』とか、『~だけ』とか言って大したことないみてーな言い方すんのは、大したことあるんだよ」
兄は私の机の棚から、オトコレノートを静かに抜き出した。
「誰か頭から離れねえヤツがいるんだろ」
「!!」
お兄ちゃんにはすべてお見通しだ。相手が誰なのか、名前を出すまでもない。
「結局そういう理想の奴は、こん中にはいねぇんだよ」
「え……」
「てことで、お前のオトコレも今日で終わりだ」
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