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 耳に突っ込んだインカムが、ピピッと着電を示す電子音を鳴らした。


 埠頭(ふとう)の倉庫街で潮風に吹かれていた(こう)()は、インカムを通話状態にしてから口を開く。


「こちら白浜(しらはま)。所定ポイントにて待機中。だが……」


 コンテナが作り上げる壁に背中を預けたまま首だけを伸ばして角の向こうを見やった煌司は、首を元に戻してから言葉を続けた。


「本当にこんな場所に標的(マト)が来んのか?」

【シラぁ、今更それ言っちゃう〜?】


 ケラケラと陽気に響いたのは、常ならば隣にいるはずである相棒の声だった。久しぶりにインカムを通して聞いた(れん)()の声は、直接肉声で聞くよりも軽薄な響きを(まと)っている。


【なぁに? 私の解析を疑うっての?】


 さらにその後ろに続いたのは、不機嫌そうな()()()の声だった。その不機嫌の何割かは睡眠不足が原因だろう。さらに言えばその睡眠不足を引き起こしているのは、間違いなく自分達だ。


 改めてその部分に思いを巡らせた煌司は、そっと反論を飲み込むと肩を(すく)める。


【先に説明したでしょ? 三好(みよし)(つね)(つぐ)が度々この埠頭を訪れている痕跡があるって】


 一度は不機嫌を露わにした美穂奈だったが、次に口を開いた時にはその不機嫌が綺麗に消えていた。美穂奈が意識を切り替えたことを察した煌司も、無駄口を謹んで美穂奈の声に耳を傾ける。


【恒継が使っている端末のGPSと、恒継が乗車する車の位置情報は全部把握してる。恒継のスケジュールも、バッチリ把握済み。それらから割り出した結果よ。ほぼ確実に、今日この時間に、三好恒継はここに現れるわ】


 登校途中に襲撃を受けた日から一週間。煌司と廉史には自宅待機命令が出され、自宅に軟禁される日々が続いていた。


 と言っても、大人しく引きこもっていれば、廉史の護衛は煌司一人で十分事足りる。マンションの入口や玄関ドアの前に(れん)(たい)の人間を警備に立たせれば『(くろ)(はま)廉史と白浜煌司はここにいます!』と喧伝することにもなりかねない。そうなれば余計に敵の目を引くことになるだろうということで、二人の元に錬対からの見張りが送り込まれることはなかった。


 ──ま、だから今こうして隠密行動ができてるわけなんだが。


 この一週間、大人しく自宅マンションに閉じこもっているように見せかけていた二人だが、何も大人しく錬対の指示に従っていたわけではない。


 二人は美穂奈の指示の下、三好恒継が黒幕である証拠を掴むべく暗躍していた。


 具体的に言うと、ひっそりとマンションを抜け出しては、美穂奈が目星をつけた場所へ偵察に出かけている。


 ──案外、バイクと端末さえ動かさなけりゃ、バレないもんなんだな。


 煌司のバイクと、二人が錬対から与えられている通信端末の位置情報は、逐一錬対に送られている。問題行動が多すぎる二人への対策として、錬対がいつの間にか仕込んでいたものであるらしい。それを見破ってくれたのも美穂奈だ。


 ──どーりで学校抜け出してんのがすぐにバレるはずだよな。


 一度、あまりにも錬対の干渉が鬱陶しくて、二人して通信端末をぶっ壊してからツーリングに出かけたことがあったのだが、あの時もあっという間に連れ戻された。何に仕込んでいるのかと常々疑問に思っていたのだが、まさかバイクだったとは。言われてみればさもありなんではあるのだが、煌司にとっては盲点だった。


 今回の二人は、部屋に通信端末を置きっぱなしにし、地道に徒歩と公共交通機関で移動している。


 通信端末には錬対から不定期に安否確認の電話が入るが、『いかにも部屋でふてくされています』といった風情の声が返るように美穂奈が自動応答プログラムを打ち込んでくれた。相手の言葉に合わせて簡単な会話もしてくれる代物らしく、数回程度ならば違和感を抱かせることなく不在を誤魔化せるはずだと言っていた。


【通信端末や車の位置情報の他に、ここまでの道中での防犯カメラの映像も徹底的に洗ったわ。間違いなく、恒継は定期的にこの倉庫街を訪れてる。どう考えても錬力庁高官に訪れる用事なんてなさそうな、こんな倉庫街にね】


 この一週間、何度かきな臭い連中の集会を目撃したことはあったが、肝心な恒継の姿を収めることはできなかった。


 だが美穂奈曰く、今日のこの現場は間違いなく『本命』であるらしい。


【この埠頭はヤクザの裏取引の現場に使われてるとか、武器密売の現場になってるとか、黒い噂が絶えないエリアよ】

「ああ、知ってる」


 この埠頭一帯は、十年数前に起きた大規模な火災で大きな被害を被ったらしい。その際に元々この土地を所有していた企業が責任問題やら権利問題やらで土地を手放しており、現在は所有者も使用者も曖昧になっているという話だ。行政から何度か再開発の案が出されたが、どれも様々な理由から頓挫してしまい、結局今まで放置が続いている。


 ──そこを裏社会の人間がこれ幸いとばかりに勝手に占拠。いつの間にか表側からは手出しができない巨大な暗黒倉庫街ができあがっていた、……か。


 現在この埠頭一帯は、諸々非合法な取引の現場として使われている他、密輸した品の一時保管場所としても利用されているらしい。錬対も警察も何とか一斉摘発にかけようとしているらしいが、中々それも難しいというのが現状のようだ。


【そんな場所で三好恒継の姿を見ることができれば、ひとまずしょっ引くことくらいはできるはずでしょ?】


 確かに、美穂奈の言う通りだ。美穂奈が調べ上げた情報と揃えて突き出せば、(れん)(りき)犯罪の被疑者として取り調べることくらいはできるだろう。


 ──とはいえ、こんな真っ昼間にこんな場所で、錬力庁高官がノコノコ無防備に行動してるもんかね?


 時刻はそろそろ十四時になるかというところだ。スッキリと晴れた青空を背景にすると、濁った港湾の海も若干綺麗に見える。まだまだ夏の気配が強い日差しに照りつけられた倉庫街はどこも明るく、仄暗い犯罪の気配は限りなく薄い。


 美穂奈の情報戦の腕は信頼している。だが煌司の中では違和感がしこりのように残っていた。


 ──三好恒継は、あの現場から唯一逃げおおせることができた人間なんだが。


 恐らくあの場で三好恒継だけが警戒心を忘れていなかった。だから三好恒継は『仁王』の奇襲から逃れることができたのだろう。


 三好恒継は一度『仁王』の手を(のが)れ、さらに一度『仁王』を始末しそこねた。


 そんな人間がこんな真っ昼間に、いかにも怪しげな場所で行動するだろうか。煌司が恒継であれば、余程重要な案件でも取りやめて、足が付きそうな場には絶対に出向かないと思うのだが。


【つまり、俺が何らかの取引現場を視界に収めて、シラが三好恒継本人を押さえちゃえば万事オッケーってことね!】


 ──とはいえ、レンが言う通り、現行犯逮捕ができりゃ、それが一番手っ取り早い。


 いかに三好恒継が錬力庁高官で三好錬対室長の身内であろうとも、廉史が何らかの取引現場を目撃し、煌司が恒継と取引相手を一網打尽にしてしまえば言い逃れはできない。


 煌司と廉史がミッションをクリアした時点で、美穂奈が今まで得た情報の全てを一括して各所に流す手配も済んでいる。そこまでしてしまえば事件をもみ消すことはできない。廉史の身の安全も保障される。


 珍しく廉史が煌司の隣から離れて安全圏から現場を監視しているのも、煌司と廉史の通信に美穂奈が割り込みをかけているのも、その布陣の一環だ。


 あとは作戦の実行を待つばかりであるはず。


 ──でも、なーんかイヤな予感がすんだよな。


 さらに嫌なことに、こういう時の煌司の勘は外れたことがない。ここに廉史の『イヤな予感』も重なれば何を捨てても撤退待ったなしなのだが、廉史の方はこの作戦にかなり乗り気なようだ。


 ──ま、ここまで来たら、やるっきゃない、か。


【お。こちら黒浜。監視ポイントに人影を確認】


 そんなことを考えながら、帯刀ベルトに固定した()()()(つか)に右手を乗せる。


 その瞬間、軽やかな中にわずかな緊張を混ぜた廉史の声が聞こえた。廉史の声にサッと美穂奈が緊張したのが、漏れ聞こえる吐息のリズムで分かる。


【何か団体さんっぽいね。あっという間に事務所を埋め……え?】


 煌司への突撃指示は、廉史が出すことになっている。


 その合図を聞き逃さないように耳を澄ませていた煌司は、不意に途切れた廉史の声に眉をひそめた。同時に胸の内は、無視できないレベルにまで強くなったイヤな予感に埋め尽くされる。


【ちょ、ちょちょちょ】


 その予感は、インカムの向こうから聞こえた廉史の焦り声で弾けた。


「レン?」


 明らかに様子がおかしい廉史の声に、煌司はインカムに片手を添えながら声を上げる。


 どんな危難に立たされても飄々とした態度を崩さない廉史がこんな声を上げるなど、らしくないにも程がある。


【黒浜君?】

「どうした、レン」


 美穂奈も異常を察したのだろう。通信の先に呼びかける声がふたつに増える。


 それらの声に応えたのは、廉史がゴキュリと喉を鳴らす音だった。


【な、何か、メッチャ武装した人間がズラッと整列して、俺の方に全員マシンガンの銃口向けてきてるんだけど。……これって、気のせい?】

「っ!?」


 反射的に煌司はコンテナの角から飛び出していた。


 美穂奈が目星をつけていた取引現場は、元々港湾事務所として使われていた建物の一角だ。現場は煌司が身を潜めていたコンテナの角から通路を進んだ先にある。廉史はその現場を俯瞰できるコンテナの上にスタンバイしていた。


 ──廉史が現場を押さえるのに都合がいいポイントってことは、視界が広く取れる(ろく)に遮蔽物がない場所ってことだろ!


「撤退しろ、レンっ!!」


 インカムに向かって怒鳴りつけながら煌司は通路を駆ける。煌司の勝手な行動に美穂奈が慌てた声を上げているのが聞こえたが、煌司はその声を意図的に聴覚から締め出した。


 煌司が駆ける先。元々事務所の車庫だったのであろう広い空間には、ズラリと武装した人間が並んでいた。煌司の存在に気付いているはずなのに、武装集団は煌司に構うことはなく、全ての銃口を対面に積まれたコンテナの上へ……廉史が待機している場所へ向けている。


 その集団が、一斉に引き金を引いた。


「っ!!」


 鼓膜を突き破らんとする音の暴力とともに、鉛玉の雨が一切の躊躇(ちゅうちょ)なく廉史がいる場所に叩きつけられる。


 その様を見た煌司は、考えるよりも早く錬力を展開していた。


 素手のまま振り抜かれた手から高温の炎が龍のように(ほとばし)り、通路を()めるように燃え広がる。一瞬で武装集団の眼前を駆けた炎は、そのまま廉史がいるコンテナと武装集団の間に線を引くかのように炎の壁を生み出した。


【っ、シラ! 後ろも……っ!!】


 煌司の存在を無視して廉史を銃撃した一行も、さすがにこの状況では攻撃を続けられなかったのだろう。一行の銃口がようやく自分に向くのを見た煌司は、手近なコンテナの影に飛び込んだ。


 だがどうやら廉史に向けられる殺意はまだしつこく残っているらしい。初撃を何とか(しの)いだ廉史はまだ切羽詰まった声を上げている。


 ──コンテナ挟んだ反対側にも別働隊が控えてたのか……!


「レン、コンテナ伝いに横だ。そのままコンテナの上を伝って走りゃ、海に出れる」

【もうやってる!】

【黒浜君、マズいわ。そのルートを見越して、海側にも手勢が張り込んでる。んもぅ! どこに潜んでたのよ、こんな人数っ!!】


 ──イヤな予感、大当たりじゃねぇか……!


 恐らく敵はとうの昔にこちらの行動に気付いていたのだ。


 すでにこちらがマトを三好恒継に絞っていることを知っていて、三好恒継という存在そのものを使って自分達をおびき寄せる算段を立てた。つまり今の煌司達は、まんまと罠に引っかかった哀れな獲物ということになる。


 ──そうなってくるとレンだけじゃなくて美穂奈の安全も危ういな。


「《Nacchi.(ナッチ)》、お前、今安全圏か?」

【寮の自室!】

「一刻も早く学園に飛び込め。あそこなら最悪守ってもらえる」

【了解!】


 煌司の言葉に美穂奈がごねることはなかった。美穂奈も美穂奈で《Nacchi.》として修羅場をくぐり抜けてきた人間だ。引き際や己の身の守り方は心得ている。


「レン」


 ひとつ懸念を片付けた煌司は、最大の懸念に呼びかけた。


 呼びかけの声に返事はない。だが廉史がまだ無事であることは、インカムが拾う荒い呼吸音と(せわ)しない足音で分かる。


「迎えに行く。待ってろ」


 煌司は端的に告げると、インカムの通信を切った。現状、どこまでの情報が向こうに抜けているのか分からない。この通信を傍受されているかもしれない可能性を考えるならば、いっそ切ってしまった方がいいだろう。


 廉史の思考パターンも、行動パターンも、煌司は全て把握している。逆に煌司の思考パターンと行動パターンを廉史は把握できている。その確信が煌司にはある。


 自分達二人なら、この状況でも、問題なく合流することができる。


 ──ここが『裏』専用の荷物置き場で助かった。


 銃撃はいまだに続いている。この鉛玉の雨の中に飛び出していくのは自殺行為だ。


 ならば飛び出すことなく、銃撃をしかけてくる彼らが銃撃を続けられない状況を作り出せばいい。


 ──全部燃やし尽くしても、弁償の必要がねぇからな!


 一度瞳を閉じ、集中。


 次に目を開くと同時に、煌司は己の錬力を容赦なく全力で周囲に展開した。


「燃やし尽くせ」


 まるで紅蓮の花が開くかのようにメラリと広がった炎は、手始めに煌司の周囲に積まれたコンテナを舐めた。ドロリと溶けた鉄は中の荷物に火をつけ、煌司の周囲はあっという間に炎の海と化す。


 全てを焼き尽くさんと牙を向く炎達に命じるように、煌司は銃撃の雨を降らせる先へ腕を伸ばした。


炎舞(えんぶ)(ゼロ)の型『紅蓮の龍哮(りゅうこう)』っ!!」


 煌司の命を受けた炎は、()()れるように敵へ襲いかかった。全てを溶け落とし、燃やし尽くす灼熱が、一切の容赦なく敵陣へ押し寄せる。


 煌司の錬力は『炎』だ。単純な錬力で、珍しいものでもない。似たような力を持つ人間はごまんといる。


 そんな煌司が錬力使いとして一目置かれている最たる理由は、属性そのものではなくその発現強度と調整の器用さだ。


 煌司が本気になれば、この世に灼熱地獄が顕現する。そこには何も残らない。


 一方、煌司はタバコに火をつける程度の炎でも、迦楼羅に纏わせて振るう炎でも、調整に苦心したことがなかった。ライター程度の種火から町ひとつ焼き払う業火まで、煌司の意思ひとつで自在に、かつ微細に火力を調整することができる。


 ──とはいえ、ここまで本気の高出力となると、長くは()たねぇけどなっ!


 敵は炎に呑まれたのか、煌司に向けられる銃撃がやんだ。その隙に煌司は通路へ駆け出し、廉史がいるはずであるコンテナの列の上へよじ登る。


 煌司が放った炎は、鎮火することなく次々と燃え広がっていた。どこぞのコンテナに密輸武器でも保管されていたのか、離れた場所からは爆炎とともに火柱が上がっている。この光景を見れば、敵も命惜しさに撤退を選ぶはずだ。


 ──とはいえ、残念なことに避難場所が限られてんだよなぁ、この状況!


 煌司は抜き身の迦楼羅を片手に、コンテナの上を疾駆する。


 炎は手始めに地面を舐めるように燃え広がっていた。ならば廉史を追っていた敵も、逃げ場を求めてコンテナの上に上がってくるはずだ。元々コンテナの上を逃げ惑っていた廉史とバッティングし、近接戦になだれ込む可能性は十分にある。


 その危惧を証明するかのように、熱と煙で霞む景色の先では複数の人影がうごめいていた。同時にマシンガンとは異なる発砲音を聞いた煌司は、走る足を緩めることなく声を上げる。


「レンッ!!」


 煌司の絶叫に何人かがこちらを振り向き、何人かが降り注ぐ炎に撒かれて消えた。呼ばれた当人は呼び声が陽動だと見抜いているから、振り返ることなく手に握った拳銃の引き金を引き続けている。


 ──いつ見ても、優男には似合わねぇ大口径な銃なことで!


 その銃の真の用途が、護身用ではないことを知っている。


 だからこそ、緊急時であっても、廉史が銃を抜く姿は見たくない。


 ──レンにも帯刀させてくるべきだった。


 そんな苦みを一瞬で押しやり、煌司は足を止めることなく迦楼羅を振り抜いた。一切の容赦なく振り抜かれた迦楼羅は、次々と敵を(ほふ)っていく。


 たとえ即死せずとも、この場でくずおれることは死を意味している。どう刃を振るおうが、煌司が相手に傷を負わせた時点で相手の死が確定する状況だ。


 常ならば錬対……警察組織の一員として、相手の命をなるべく奪わないような振る舞いを心がけている煌司だが、この状況では綺麗事を口にする余裕はない。


 そもそも廉史に銃口が向けられている時点で、そんな綺麗事などクソくらえだ。


「レンッ!!」


 先程と同じ呼びかけだが、今度の廉史はサッとその場に身を伏せた。空いた空間を炎が薙ぎ、廉史に群がろうとしていた(やから)は一瞬で上半身を失う。


 そんな死が色濃く漂う空間を駆け抜けた煌司は、すれ違いざまに廉史の腕を取ると三歩進むまでの間に廉史の体を肩に担ぎ上げた。大人しく煌司の肩に乗せられた廉史が、追いすがろうとする敵を正確に撃ち落としていく。


 敵さえ撒ければ、倉庫街の端はすぐそこだ。陽射しに輝く海を見た煌司は、迦楼羅を鞘に戻すと両腕で廉史の体を支える。


「跳ぶぞ!」

「はいよっ!」


 同時に廉史も銃を腰のホルスターに戻し、両腕で煌司にしがみつく。


 最後のコンテナの端を蹴って宙へ躍り出た煌司は、廉史の体を支えたままパチンッと指先を鳴らした。その小さな合図で倉庫街を燃やしていた炎は一気に温度を上げ、爆発する。


「っ!」


 爆風をうまく掴まえた煌司は、陸から距離を保った海面に飛び込んだ。廉史の頭を(かば)うように覆い被さったまま一度深く海中へ潜り、頃合いを見計らってから廉史の腕を取って浮上する。


「っ、ハッ!!」

「ゲホッ……ウェ、ゲホゴホッ!!」


 咳き込む廉史に肩を貸しながら、煌司は背後を振り返った。貼り付く前髪をかき上げながら倉庫街を見上げれば、赤々と燃え上がる炎が全てをグズグズに溶かしていく様子が見て取れる。


 ──緊急事態だったとはいえ、派手にやりすぎたな……


 錬対には即刻煌司の仕業だとバレるだろうし、荷を燃やされた裏社会の人間達にも暴れたのが『仁王』であることは遅かれ早かれ知られてしまうだろう。この一件が片付いても、しばらく周囲が騒がしくなること請け合いだ。


 ──とはいえ、ひとまずは今の俺達の安全を確保しねぇと……


「レン、泳げっか? ひとまずここから離れ、ねぇ、と……」


 海中にいるとはいえ、火災現場との距離が近すぎる。もう少し離れなければ、燃えた建物がこちらに向かって崩れてくる可能性も高い。


 そう伝えようとした瞬間、不意に自分の手足から力が抜けたような気がした。ガクンッと急に海中に没した煌司に異変を感じたのか、呼吸を整えていた廉史が慌てて煌司の体を支える。


「シラ、どう……シラっ!?」


 ひっくり返った廉史の声に視線を投げれば、廉史の顔からは血の気が引いていた。そんな廉史の手は血で真っ赤に染まっている。よく見れば自分達の周囲を漂う水の色も、若干鉄錆のような色を帯びていた。


 ──ヤベ、レンのやつ、どっかケガ……


「バカ! ケガしてんのはシラの方っ!!」


 声が出た自覚はなかったのに、廉史からは怒ったような声が返ってきた。


 煌司の脇腹をギュッと片手で強く押さえた廉史は、煌司の右腕を己の肩にかけるように態勢を変えると、倉庫街を迂回するように陸を目指して泳ぎ始める。


「多分、弾が掠ったんだ。とにかく一刻も早く海から上がらないと!」


 その動きに、今更鈍い痛みが全身を駆け巡った。廉史の負担にならないように自力で何とか泳ぎたいのに、力が抜けてしまった手足が言うことを聞いてくれない。


 ──あー、これは、あれだ。こんな時に限って……


 錬力を使いすぎた反動が、こんな時に限って来ている。こういう時にこそ動けるように、日頃自分は鍛錬を積んでいるはずなのに。


 ──この程度でバテるなんて、ざまぁねぇ……


「シラっ! 動かなくてもいいから、意識だけは失わないで! シラっ……シラッ!!」


 廉史の必死の呼びかけもむなしく、煌司の意識は闇に向かって真っ逆さまに落ちていく。


 ──とりあえずお前にケガがなさそうで、良かった。


 そう思ったのを最後に、煌司の意識はプツリと途絶えた。


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