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 それぞれ私室として使っている部屋がひとつずつと、ソファーセットが置かれたリビング。ダイニングテーブルが置かれたダイニングとキッチン、トイレとそこそこ広い風呂。南向きのベランダつき。


『学生のルームシェア』という単語からはかけ離れた高級物件に、(こう)()(れん)()は中学生の頃から共に暮らしている。


 ──ま、何つったってここ、(いつ)(はな)学園の寮じゃなくて、(れん)(たい)の寮だしな。


 二人が将来錬対捜査官になると確定されていることへの見返りというか、諸々の報酬の前払いという意味があるらしい。


 後はセキュリティの固さの問題だ。煌司がここに暮らしているのも、『二十四時間体制で(くろ)(はま)廉史を護衛するため』という意味合いが強い。


 ──学園の寮だと、セキュリティが若干(こころ)(もと)ないんだよな。一般的な賃貸よりはかなりマシではあるんだが。


「シラぁ、こっちはセッティングできたよ〜」


 そんなことを考えつつ、リビングとダイニングを一望できるカウンターキッチンで煌司はフライパンを振っていた。そんな煌司の視線の先、リビングのソファーに座り何やらパソコンをいじっていた廉史が煌司を振り返る。


「おー、こっちも丁度できた」


 コンロの火を止めた煌司は、フライパンを火から外すとお玉を手に取る。出来上がったばかりのチャーハンはホカホカといい匂いがする湯気を上げていた。


 ふたつ用意しておいた皿に二等分したチャーハンを盛り付け、レンゲを添えてキッチンを出れば、廉史はキラキラとした目を煌司に向ける。


「おおぉ〜! シラ、センキュー! これよこれ、これが食べたかった!」

「冷や飯と溶き卵に、適当に切ったハムとピーマンとネギ突っ込んで、鶏ガラスープの素と醤油振っただけの余り物チャーハンが?」

「夜食で食うならシラのチャーハンっしょ!」


 両手を伸ばして煌司から皿を受け取った廉史は、さっそくチャーハンを一口頬張ると『くぅぅ〜!』と喜びの声を上げる。それだけ喜んでもらえるなら、煌司も作り甲斐があるというものだ。


 廉史の隣に腰を下ろし、煌司もチャーハンを口に運ぶ。自分が作ったチャーハンは、いつも通り優しい味がした。


 ──さて。


 時刻はあと数分で日付が変わろうかというところだ。常の二人であれば、そろそろそれぞれの部屋に戻って寝ている頃合いである。現に二人は寝間着であるティーシャツにジャージ姿で、寝る支度はすっかり整っていた。


 だが本日の二人は夜食をパクつきながら、ローテーブルの上に置かれたノートパソコンを眺めている。


 まるで何の変哲もない画面に、誰かが現れるのを待っているかのように。


 ──ま、その表現も、あながち間違いじゃねぇんだけども。


ちゃんと(ふぁんふぉ)来て(ふぃふぇ)くれるかな(ふふぇるふぁふぁ)?」


 同じことを考えていたのだろう。ガツガツとチャーハンをかっ食らいながら、廉史が行儀悪く口を開く。


 そんな廉史に『お行儀』と短く注意を入れてから、煌司は廉史の疑問に答えた。


「来るだろ。お前が伝言間違えてなけりゃ」


 チラリとタスクバーの時刻表示に目をやれば、『11:59』という数字が並んでいた。


 あと数十秒程度で、約束の時間になる。


「《Nacchi(ナッチ).》はプライドの高ぇ情報屋だ。約束の時間に遅れる……引いては『伝言の意味が理解できなかった』とも取れる行動は、何があってもするはずがねぇよ」

【あら、よく分かってるじゃない(しら)(はま)君】


 不意に、二人しかいないはずである部屋に、第三者の声が響いた。


 煌司と廉史は揃ってノートパソコンに視線を落とす。


 その画面にいつの間にか、ウインドウが開いていた。


【というか、自分達の部屋に帰らせてもらえたのね? 伝言を信じてこっちにアクセスしたけど、半信半疑だったのよ】


 画面の向こうに映っていたのは、顔の上半分を猫モチーフの(マス)(ケラ)で隠した女だった。頭の上までフードが引き上げられた紺色の猫耳パーカーの内側から、豊かに波打つ黒髪が胸元へあふれ出ている。露出された唇にはグロスでも載せているのか、全体的に暗く落ち着いた色調の中、言葉を紡ぐ唇だけが妙に(なま)めかしい。


 そんないかにも『謎の美女』といった雰囲気の通信相手に、廉史はいつものようにフニャッと笑いかけるとヒラヒラとお気楽に手を振った。


「やっほー、イインチョ、おつおつ!」

【ちょっと。こっちの身元が割れるような発言、軽率にしないでほしいんだけども】


 途端に相手はムッと唇を歪めた。たったそれだけで煌司達が慣れ親しんだ『イインチョ』の雰囲気が戻ってくる。


 飯田(いいだ)美穂奈(みほな)。保有錬力は『高速演算』。


 美穂奈の錬力は情報機器と相性がいい。本人もその自覚があるのか、美穂奈は己の錬力を日々、情報収集・情報分析に役立てている。


 戦闘スキルこそないが、情報処理官、参謀官としての美穂奈は五華学園屈指の逸材だ。相棒と呼べるほどつるむ相手はなく、特定のチームに所属することもないせいで、実地訓練の場では毎度いたるところから助っ人を頼まれているらしい。


 将来的には(れん)(りき)学研究所の研究員か、はたまた錬対の情報分析官か。


『いずれにせよ向こうから誘いが来るだろう』と(ささや)かれているのが、飯田美穂奈という(さい)(えん)だ。


 ──ま、そんな身分に大人しく収まるタマたぁ思えねぇけどな。


 キッチリ校則に(のっと)った制服の着こなしと、インテリぶったメガネ姿。真面目な授業態度と学級委員長という肩書き。誰にでも分け(へだ)てなく接する品行方正な立ち回り。


 そんな表面上の姿にみんな綺麗に騙されているようだが、美穂奈と出会った経緯が経緯である煌司達は、美穂奈の本性がそんなカタブツで生真面目なものではないことを知っている。


 ──何せこいつは……


「バレるも何も、安全な回線使ってんじゃねぇの?」

【バカ言わないで。あんた達、自分達がどれだけガッチリ錬対に囲われてるか、自覚ないの?】


 廉史の呑気な発言に美穂奈は聞えよがしな溜め息をついた。


 それから改めて真っ直ぐに据えられた視線には、いつになく真剣な光が宿っている。


【いくら私があんた達とクラスメイトで協力関係にあろうが、今の私はあんた達の部屋のネットセキュリティ……錬対があんた達を囲い込むために敷いてるセキュリティを突破してあんた達に接触してんのよ? 錬対にバレたら今度こそお縄だわ】


 そもそも煌司達が美穂奈の裏の顔……非合法情報屋 《Nacchi.》としての顔を知ったのは、錬対から投げられた案件を追っている最中だった。


 その時、美穂奈こと《Nacchi.》は敵側についたハッカーだったのだが、主犯ではなかったことと、最終的に敵側を裏切って煌司達に協力してくれたことを受け、錬対からはお目(こぼ)しをもらっている。


 煌司達としてはその一件で美穂奈に恩を売るつもりはなかったのだが、美穂奈は何だかんだ言いつつもその一件に恩義を感じているらしい。何でもあの時は敵側に従わざるを得ない事情があったそうで、煌司達の接触がなければ、最悪不本意ながらも敵側と心中しなければならなかったのだとかなんとか。


 ──ま、本人は口が裂けても詳細は言わねぇつもりみたいだが。


 とにかく、事件後も何だかんだと時を過ごしてきた今、煌司達と美穂奈はもちつもたれつな関係を築いている。簡単に言ってしまえば『バカ仲間』だ。


(ワリ)ぃな、《Nacchi.》。手間かけさせて」


 錬対のセキュリティは決して甘くはない。


 今朝の襲撃で錬対側も警戒を強めているはずだ。そもそも煌司達が錬対の庁舎に缶詰にされなかったのも、錬対捜査室よりもこの部屋の方がセキュリティがしっかりしていて安全であると判断されたからである。いかに《Nacchi.》といえども、この接触はあまり長引かせない方がいい。


「で、頼んでたデータの解析はできたか?」

【あれだけの伝言で『頼んでた』なんて、本当は言われたくないんだけど】


 煌司の気遣いは美穂奈にも届いたのだろう。軽く肩を(すく)めて皮肉を口にしながらも、美穂奈は本題を切り出した。


【黒浜君の記憶映像を解析して、取り逃がした相手が誰であるかを割り出せば良かったのよね?】


 美穂奈の言葉に、煌司と廉史は揃って頷いた。


 今朝、襲撃を受けた時。


 煌司が錬力を展開させる前、廉史はジャケットのポケットに両手を入れていた。


 あの時、右手は通信端末を操作し、錬対に緊急信号を送っていた。ならば左手はただポケットに入れられていただけだったのかと言えば、そうではない。


 ──ああいう時のために、廉史は服やら鞄やら、いたる所に空の記録媒体を仕込んでるんだよな。


 あの時、廉史は美穂奈に解析を頼むために、記憶の該当箇所をポケットに忍ばせてあったUSBメモリに出力していた。煌司が『もういいか?』『用意は』と確かめていたのは、その記録媒体の用意のことだ。


 ──今朝の校門制服点検の当番が、うちのクラスでほんと助かったわ。


 先に逃げた廉史は、村井に助けを求めると同時に、当番に立っていた美穂奈に自分の記憶映像を入れたUSBを渡していた。


 どさくさに紛れての受け渡しだっただろうから、具体的な指示は何も言えなかっただろう。だが自分達の間ならば、握らされたUSBと接触時間と方法を指示する短い符丁だけで意味は伝わる。


【解析結果を表示するわね】


 美穂奈の声と同時に、画面に新たなウインドウがいくつか開く。チャーハンの皿をテーブルに押しやった煌司と廉史は、次々と表示されるデータに目を通した。


【該当部分の映像だけでは、顔がはっきりと認識できなかったの。だから漠然とした顔の特徴を抽出して、それと合致する人間をおおまかに選定。それから捕縛された人間達と関係がありそうな人物に絞り込む、という方法で目星をつけてみたわ】


 最初のウインドウには、暗闇の中を遠ざかっていく人影の映像が流れている。恐らくこれはUSBに出力された廉史の記憶そのものだろう。


 さらに次のウインドウでは動画から人物が抽出され、大まかな特徴が列挙されていた。その次のデータには、身体的な特徴から類推される人物の名前が並べられている。


 ──おいおい……このデータ、一体どっから抜いてきたんだよ……


 美穂奈の説明通りの解析がされたというならば、ありとあらゆる個人情報が《Nacchi.》の支配下にあるということだ。この解析結果は『ひとたび電子の海に情報が落とされれば《Nacchi.》の目からは逃げられない』ということの証明でもある。


「え、怖っ……」


 同じことを思ったのだろう。隣からボソリと引き()った声が漏れていたが、煌司はあえて聞かなかったフリをした。


【錬対に捕縛された被疑者達だけど。過去に錬力犯罪を起こして逮捕された経歴を持っている前科者の他に、錬力関係企業の社長や、錬力系の活動家……錬力に関わる表社会の人間も多くいたわ】


 廉史の声が聞こえているのかいないのか、美穂奈は淡々と説明を続ける。その言葉に意識を切り替えた煌司も、表示される情報に改めて意識を集中させた。


「クーデターに一般人も参加表明たぁ、世も末だな」

【思想に共鳴してなのか、商売として参入したかったのかは分からないけども。その辺りの話、錬対で聞かなかったの?】

「俺達には現場で行動するのに必要な情報しか落ちてこねぇよ。今日だって襲撃の詳細の聴取とレンの記憶の吸い出しだけで、昨日の一件に関する進捗なんて聞かされなかったっつーの」


『なぁ?』と確かめるように廉史に視線を送ると、廉史も神妙にコクリと頷く。


 将来錬対入りが義務付けられていようとも、煌司と廉史の身分は『ただの学生』であり『捜査官見習い』だ。便利に使いたい時は都合よく手札としてカウントされるが、都合が悪ければ部外者扱いされることも少なくない。捜査に必要な情報は無理やり詰め込むくせに、事件の確信に迫る重要情報ほど秘匿されるのは常のことだった。


 ──ま、だから本格的に周囲との接触を封じられる前に《Nacchi.》に協力を仰いだわけなんだが。


 錬対は、自分達に不都合な情報を決してこちらには渡さない。それどころか、握り潰されてしまう可能性だってある。


 目隠しをされて、飼い殺されるなんて真っ平ごめんだ。何よりそんな状況では、真の意味で廉史を守りきることはできない。


 ──俺達の未来は、俺達の手で切り開く。


「それで? 結局、俺達が取り逃がした相手が誰だったのかは特定できたのか?」


 その覚悟とともに、煌司は改めて美穂奈に問いかけた。


 だが返ってきた言葉は、妙に歯切れが悪い。


【できたと言えば、できた、……のかも、しれない】

「んだよ、そのあやふやな言い方」


 どっちつかずな言葉に煌司は思わず眉を跳ね上げる。だがそれでもなお美穂奈は躊躇(ためら)うように言葉を口にした。


【確証がない。……違うな。解析結果を信じたくないっていうのが正しいかも】

「は?」

【……依頼主は、あんた達だから。とにかく、解析結果を正直に出すわね】


 その言葉とともに、新たなウインドウが最前面に開かれる。何気なくそこに視線を合わせた煌司は、何かを口にするよりも先に目を見開いていた。


 表示されていたのは、煌司も知っている人物の写真だった。


 いや、正確に言えば、酷く見慣れた人物の写真と、見慣れた人物と瓜二つの写真、計二枚。


「は?」


 気が抜けた声が、綺麗に揃った。さらにカランッと響いた音は、廉史の手からレンゲがすり抜けて落ちた音だろうか。


「いや、これはねぇだろ……」

「いやいや、まさか……」


 廉史と二人、揃って呟きながらも、残された理性は《Nacchi.》の解析が間違っているはずなどないと冷静に囁いている。


 そんな葛藤の中に追い打ちをかけるかのように、冷静さを取り戻した……いや、冷静さを必死に取り繕った美穂奈の声が響いた。


【解析条件を変えて、何回か解析してみたけれど、解析結果は変わらなかった。それに、あの時間帯、二人に明確なアリバイはないみたいなの】


 見慣れた人物の写真の下に表示された名前は『()(よし)(ごう)(ぞう)』。その隣に並んだそっくりさんの下には『三好(つね)(つぐ)』という名前が表示されていた。


 ──三好恒継って……


 煌司の記憶が確かならば、三好恒継という人物は、煌司達がよく知る『三好』の実弟であるはずだ。


 煌司達の未来の上官であり、師匠にもあたる三好剛三錬力犯罪対策室室長は、俗に『名門』と呼ばれている一族の出身であるという。一門には警察高官の他に政財界の関係者も多く、実弟の恒継は確か錬力庁の高官であったはずだ。


 三好自身があの集会に参加していたとは思えない。性格からしてそんな計画に加担するとは思えない、という感情的な理屈からそう思うのではない。


 ──あの現場に俺達を投入したのは三好のクソジジイだ。仮に取り逃がした相手が三好のクソジジイだったとしたら、行動が矛盾している。


 ならば弟の恒継の方だったと考えるのが自然だろう。そうであるならば、今朝の襲撃の手配の早さも理解できる。錬力庁高官ならば、裏世界に通じる錬力使い達を組織し、短時間のうちに彼らをけしかける手はずを整えられるだけの権力とコネクションを持っているはずだ。


 ──これ、マズくねぇか?


 相手は政府高官。対するこちらはただの高校生だ。多少の特殊錬力と戦闘能力を有していようとも、国家権力と裏に通じる戦闘力をけしかけられたらひとたまりもない。


 さらに向こうは錬対の長の身内だ。三好がそんなことをするとは思いたくないが、身内の不祥事をもみ消すために証拠品である映像記録の一切を……すなわち『黒浜廉史』そのものを消し去ろうとする、というのはサスペンス物ならば鉄板の流れだろう。


「シラ」


 不意に、隣から妙に平坦な声が上がった。顔を向けてみれば、廉史は静かな表情で煌司を見つめている。


 そこに(にじ)んだ『覚悟』に、スッと背筋が冷えたような気がした。


「シラ、俺……」


 今、廉史の表層に顔を出している『覚悟』は、普段廉史が意図して隠しているモノだ。


 常に廉史の心の奥底に横たわって、廉史自身を凍てつかせようとするモノ。普段どれだけ陽気に振る舞っていようとも、ふざけているように見せかけていても、常に廉史の心がその諦観とも言える念に縛られていることを、煌司は知っている。


『なぁ、シラ。俺……』


 かつてその念を隠しきれず、煌司にだけ本心をこぼしてしまった廉史が、小さく震えていたことを。その時の廉史の体がどれだけ冷え切っていたかを。


 きっと世界中で、煌司だけが知っている。


「レン」


 煌司は反射的に廉史に向かって手を伸ばしていた。


 その手は途中で軌道を変えると、手首のスナップを効かせて廉史の頬をひっぱたく。


「っ!? いっ、たぁっ!?」

「シケたツラさらしてんじゃねぇよ、バカ」


 唐突に頬を張られた廉史は、叩かれた頬に手を添えながら盛大に疑問符を飛ばしていた。『え? 何で俺、今、引っ叩かれたの?』と疑問に目を回す廉史を(いち)(べつ)した煌司は、画面の向こうで今のやり取りを見ていたであろう美穂奈へ視線を戻す。


「つまり、錬対と錬力庁が事実をもみ消す前に、俺達で証拠を押さえて三好恒継を逮捕すりゃあ一件落着って話だろ?」


 煌司の言葉に、隣にいる廉史が頬を押さえたまま微かに息を()んだのが分かった。


 対する美穂奈はこの展開が読めていたのだろう。データが表示されたウインドウで埋め尽くされた画面の向こうから、呆れたような吐息がこぼれる音が聞こえた。


【あんたなら、そう言うと思ってたわ】

「協力してくれ、《Nacchi.》。報酬は言い値で払う」

【いいわ、乗りかかった舟だもの。それに】


 言葉が途切れたと同時に、開いていたウインドウが次々と勝手に閉じていく。


 一瞬、接続が途絶えたのかと思ったが、全てが綺麗に閉じられた瞬間、苦笑を含ませた声が続きを口にした。


【あんた達がいない日常なんて、今更退屈で仕方がないもの】


 ウインドウは全て閉じられてしまったから、煌司から美穂奈の表情を(うかが)い知る術はない。だがなぜか、美穂奈が温かな感情を混ぜた苦笑を浮かべている様が見えたような気がした。


【私を便利に使えること、光栄に思いなさいよね】


 その発言を最後に、美穂奈からの接触は途切れた。音声も映像も送られて来ないことを確かめてから、煌司はパタリとノートパソコンを閉じる。


 さらにテーブルに置いてあった皿を引き寄せた煌司は、残っていたチャーハンをすくいながら口を開いた。


「食ったら寝ようぜ。明日から忙しくなるだろうし」


 その一言に虚を衝かれたかのように、廉史はキョトンと目を丸くした。


 だがしばらくするとその表情はクシャリと崩れて、泣き笑いのような表情が新たに浮かぶ。


「皿洗いは任せたかんな」


 先ほどの廉史を真似るようにチャーハンをかっ食らいながら、煌司は緩く握った拳を廉史に向かって差し出した。対する廉史はグシグシと目元を乱暴に(こす)ると、そのままその手を煌司の拳にコツンとぶつける。


「任せてよ。美味(うま)いチャーハン食わせてもらったし、片付けはバッチリやっとく」

「頼んだ」


 さらにコンコンッと拳をぶつけ合った二人は、拳を解くとそれぞれチャーハンを口に運ぶことに専念した。


 美穂奈と通話している間にチャーハンは冷えてしまっていたが、薄味仕立の夜食チャーハンは優しく煌司の胃を満たしてくれた。


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