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「殺しは良くねぇなぁ、廉史(れんじ)クン」

「やぁねぇ! 殺してないって一番知ってるシラが言う〜?」


 泡を吹いた男の体がユラリ、ユラリと揺らめいてからゆっくりと後ろへ倒れていく。そんな男の股下からジワリと何かが漏れ出ているのは、そっと見ないフリをしてやるべきなのだろう。


 ──かなり早めに銃口は()らされてたんだけどな。


『案外素人には分からねぇもんなんだな』と、(こう)()はかなり外れた場所に穿(うが)たれた弾痕を見ながら考えた。


 廉史のこういう駆け引きは中々参考になるので、駆け引きが苦手な煌司は毎度勉強させてもらっている。ちなみに何に役立つかと言うと、主に脅迫や尋問といった方面だ。


「さぁて。無事に終了だねぇ!」


 煌司のそんな内心に気付いているのかいないのか、呑気に声を上げた廉史は手にしていた拳銃をポイッと後ろへ投げ捨てた。何気なくその軌跡を追うと、きちんと拳銃にはセーフティが掛けられている。案外、廉史はこういう部分には抜かりがない。


「お疲れさん」

「シラもオツオツ! 今日のシラもバリカッコよかったわぁ〜!」

「そいつぁーどーも」


 軽口を叩き合いながら、煌司は軽く()()()を振り抜く。


 左手を鞘にかけ、右腕だけで血振りをするように迦楼羅を振ると、迦楼羅に(まと)わりついていた炎はスルリと(ほど)けるようにして消えていった。スッと鏡のように凪いだ刀身を、煌司は静かに鞘に納める。


「で、だ。後は錬対(れんたい)に引き取ってもらって、レンの記憶の吸い出しが完了すりゃあ、任務完了ってわけだ」

「えー、俺、眠ぅい。もう明日で良くね?」


 頭の後ろで腕を組んだ廉史は、プゥッと小さい子供のように頬を膨らませた。仕草そのものはおちゃらけているが、言葉尻には割と本気の不機嫌が(にじ)んでいる。


「どうせ俺、寝ても()()()()()()んだし」


 廉史が持つ錬力(れんりき)は『己の記憶を外部記録媒体に出力できる』というものだ。


 仮に廉史の持つ()()()()がこの特殊錬力だけであったならば、廉史は『歩く物的証拠』などという御大層な肩書きを得ることも、幼くして国から錬対捜査官になる道を強いられることもなかっただろう。


 黒浜(くろはま)廉史が持つ能力の最たる特徴は、錬力によらない特殊体質。


絶対記憶能力(カメラアイ)』と呼ばれる、特殊な記憶能力だ。


 ──レンの記憶は、()()だ。


 黒浜廉史が一瞬でも目にすれば、あるいは一瞬でも耳にすれば、その瞬間の『記録』は黒浜廉史が生きている限り、黒浜廉史の記憶の中に鮮明に保管され続ける。この場に集った(やから)がこぞって(マト)を廉史に絞ったのはそのためだ。


 犯行現場を黒浜廉史に目撃されれば、一発アウト。逆に記憶が外部に出力される前に黒浜廉史を消すことさえできれば、逃げおおせられる可能性が生まれる。


 だから相対した敵は皆、初手で廉史をどうにかしようとする。その危難を払い、『黒浜廉史』を何からも守ることこそが、(しら)(はま)煌司に課された最たる役目だ。


 ──忘れることもなく、感情に歪められることもない。『歩く防犯カメラ』とでも言うべき記憶能力……ねぇ?


 廉史は、この世に産まれた瞬間から今この時までの記憶を、全て忘れることなく保持しているのだという。


 それだけではない。ヒトという生き物は見たこと、聞いたことをその場の己の感情で脚色しながら記憶するものであるらしいが、廉史は一切そういった脚色をせずに物事を記憶しているらしい。


 それこそカメラで記録されたかのように中立で正確なまま、忘れ去られることなく廉史の中に『記録』は蓄積されていく。その正確性はすでに錬力学研究所によって裏付けがなされており、今や『黒浜廉史の記憶』は防犯カメラの映像並みの証拠として扱われている。


 さらに廉史は特殊錬力により、その記憶を外部記録媒体に出力することが可能だ。おまけに出力した後も、廉史の記憶そのものが損なわれることはなく、出力も何回でも可能である。


 まさに『生ける防犯カメラ』であり『生けるボイスレコーダー』。


 その上、錬力犯罪者達に改竄されやすい防犯カメラやボイスレコーダーの記録に対し、廉史の記憶は廉史が生身である分、改竄される心配も少ない。さらに連対の捜査に日常的に駆り出されるようになってからの廉史は、錬力犯罪捜査資料のデータベースとしての役割も帯びつつある。


 廉史が『犯行現場を見れさえすれば、事件はそれで解決したも同然』と認識されているのも、全ては『特殊錬力』と『特殊能力』、双方が噛み合った廉史の特異体質ゆえだ。


 そのために、人は黒浜廉史を指してこう言う。


『まさに錬対捜査官になるべくして生まれてきた逸材』と。


 その評が、煌司はどこまでも気に食わない。


 ──別にどんな才能を持っていようとも、その才を活かすかどうかも、何に役立てるかも、持って生まれた当人の問題であって他人がとやかく言えるもんじゃねぇっつの。


「まぁ、確かに眠てぇわな」


 一瞬脳裏に()ぎった苛立ちを『深刻な睡眠不足のせい』ということにして、煌司は廉史の言葉に答えた。その投げやりな言葉に『我が意を得たり』とばかりに廉史は顔を輝かせる。


「でっしょー? てか結局俺ら、錬対の人間がこいつらを回収に来るまで、ここで見張りしてなきゃなんねぇんじゃね? ラーメン食いに行けなくね?」

「うっわ……、しーまったなぁー……。取り逃すのが正解だったのかよ……」

「優秀すぎるのも困りモンだねぇ?」


 とは言いつつ、今更この現場を放置する気もさらさらない。


 煌司は溜め息をつきながらスラックスのポケットに突っ込んでいた通信端末を取り出した。その間に廉史は部屋の中に視線を配り、煌司が伸した面々を拘束できる物がないかを探し始める。


 その瞬間、だった。


 カタリ、と、微かな物音が、フロアのさらに奥から響く。


「っ!?」


 二人して音がした方向へ顔を向けた瞬間、煌司の足はすでに前へ踏み出していた。駆け出した次の瞬間には、バタンッ、ガタンッという明らかに人為的な物音が奥から響いてきている。


 ──奥の部屋のどっかに残党が潜んでやがったのかっ!


「シラッ! 一番左の給湯室っ! 奥に非常階段っ!」


 出遅れた廉史の叫び声に迷いなく従い、煌司は突き当りの左角に位置する給湯室に飛び込んだ。同時に火球を放ち、右手を迦楼羅の(つか)に置いて構えるが、そこに人影はなく、突き当りにぽっかりと夜空が口を開けている。


「……っ!」


 駆け寄って(のぞ)き込めば、錆びついた非常階段が下へ伸びていた。今まさしくそこを駆け下りているのか、カンカンカンカンッというけたたましい音が下から響いている。


「レンッ!!」


 煌司は外へ差し伸べた指をパチンッと鳴らした。その指から生まれた火球は、落ちていく線香花火の先っぽのように、周囲を照らしながら下へ向かって落ちていく。


「見えるか?」


 隣に滑り込んできた廉史に煌司は低く問いかけた。


 小さくなっていく人影をしばらくじっと見つめていた廉史は、視線を逸らさないまま煌司に答える。


「ものすっごく微妙。吸い出した記憶を解析に掛ければ、ワンチャンあるかもって感じ」


 つまり今この瞬間『視界に収めた』と言えるほどはっきりとは見えなかった、ということなのだろう。


 ──取り逃がしたか。


 深追いは危険だ。さらに言うならば、伸した人間を放置して追いかけることもできない。


 手にした魚と逃がした魚で言えば、手にした魚の方が大きい。この場を放り出して追えば本末転倒になりかねないだろう。


 闇の中に消えていく人影に目を凝らしながら、煌司は低く舌打ちをする。隣を見遣ると、廉史はいまだにジッと人影が消えていった闇を睨みつけていた。


「……夕飯(ゆうめし)は、ラーメンじゃなくて、ブルーベリーと人参にしとくか?」

「目ぇ良くなりそうだけど、腹膨れねぇじゃん」

「んじゃ、人参たっぷり味噌ラーメンに、ブルーベリーアイス」

「この間コンビニで買ったヨーグルトとブルーベリーのアイスバー、案外美味かったよね」


 互いに面白くない気持ちを軽口の応酬で紛らわせていると、まるで示し合わせたかのように二人の腹が同時に鳴った。その音に二人同時に溜め息をつき、これまた示し合わせたかのように同時に身を翻す。


「夕飯、決まりだな。一通り手柄は上がったんだし、回収に来た人間に奢らせようぜ」

「取りこぼしあったってバレたら、おっしょーさんに叱られっかねぇ?」

「いやいやいやいや……いや、なきにしもあらず、か?」


 今度こそ煌司は集会参加者を取り押さえた旨を連絡すべく端末を起動させ、煌司はフロアの隅に放置されていた延長コードを手に転がされた連中の拘束を始める。


 ──これで一件落着……とは、ならねぇんだろうな。


 端末から響く無機質な呼び出し音を聞きながら、煌司はそんなことを考えていた。


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