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 事前情報によれば、廃ビルは八階建て。元々はオフィスビルだという。


 頭に叩き込んできた間取図によれば、エレベーターホールに接する面をほぼワンフロア全面使った大部屋と、奥に会議室や社長室に使える個室が各階三部屋ずつ。そこにプラスで給湯室とトイレが付随している。


 ──なーんで悪いこと考える輩は、夜にこんな場所で集まりたがるのかねぇ?


 悪だくみの会議をするならば、真っ昼間の自社ビルで普通に会議をする感覚でやればいい。そうすればこんな風に嗅ぎつけられる危険性だって減るのに。


 こういう現場に派遣されることが多い煌司(こうじ)は、現場に潜るたびにそんなことを思う。


 電気が通っていないせいなのか、入口にセキュリティのようなものは設置されていなかった。


 恐らくメンバーが常駐しているわけでも、重要物品が保管されているわけでもなく、本当に一時的にメンバーが集まるためだけに使われている場所なのだろう。もしかしたら各所にこんな感じの集会場所がいくつかあるのかもしれない。


 ──ま、標的(ホシ)の思考回路について考察すんのは、俺らの仕事じゃねぇわな。


 窓が多い造りが幸いして、光源がなくても視界はある程度確保されていた。外から差し込む月明かりが作る影でこちらの存在を気取られることがないように気を付けながら、煌司を先頭に二人は静かにビルの中を進んでいく。


 順次下から各フロアを確認していったが、結局最上階まで人の気配には行き合わなかった。一瞬だけ『空振りの方がいいんだが』と甘いことを考えたが、淡い期待は最上階へ続く階段に足をかけた瞬間に霧散する。


 ──……いる、な。


 人の気配と、抑えた話し声。微かな明かりもチラついている。上のフロアに明らかに人がいる証だ。


 ──この感じ……少なくとも、十人以上か。


 階段の踊り場手前で足を止めた煌司は、顔だけを振り向かせて廉史(れんじ)を見遣った。


 以心伝心の相方には、その視線だけで煌司の考えが伝わる。ニヤリと不敵な笑みで応えた廉史は、音を立てない足運びで煌司を追い抜くと、そっと身をかがめて階段下から上のフロアを(のぞ)き込んだ。


 ──レンが集まってるメンツのツラをチラリとでも見れりゃ、今回の任務はほぼ終了。


 通常、錬力(れんりき)犯罪というものは、現行犯逮捕が旨とされている。


 どれだけ証拠が揃っていようとも、物によっては犯人の錬力によって偽造が可能だ。証拠品自体が本物であるという確証が提示できない。そんな世の中であるからこそ、現行犯逮捕が一番確実という話になる。


 だがその常識が、黒浜(くろはま)廉史の前でだけは捻じ曲げられる。


 黒浜廉史。その()()()()と特殊錬力に目を付けられ、国により将来を『(れん)(たい)捜査官』と決定されてしまった男。


 国から付けられた符丁(コードネーム)は『歩く物的証拠(リビング・エビデンス)』。


 黒浜廉史の目撃情報は、それそのものが動かぬ物的証拠として扱われる。


 煌司が刀の(つか)に手を添えて構える前で、廉史はソロリソロリと階段を上がっていった。どうやら()()達はエレベーターホールよりさらに奥まったフロア側に集まっているらしい。


 階段を上がりきると、エレベーターホールとフロアを仕切る壁が見えた。壁と言ってもカッチリとしたものではなく、パーテーションを並べて固定したかのような簡易的なものだ。長年放置されているのか、入口ドアも外れてしまっている。


 その向こうにぼんやりと明かりが灯り、人影が見えた。だがまだ相貌を捉えるには距離がある。


 ──行くしかねぇな。


 煌司が内心で呟くと同時に、廉史はスルリとエレベーターホールに足を踏み入れる。柱の陰に姿を隠して進む廉史の後ろを固めるように、煌司も廉史の後に続いた。


 こんな集会に参加しているくせに、集まったメンツはイマイチ警戒心に欠けているらしい。煌司と廉史がそっと薄壁の陰に忍び込んでも、集まった面々はこちらに気付く素振りもなく、何やら物騒な雑談に華を咲かせている。


 ──しばらく聞き耳を立ててたら、証拠追加になるか?


 突入するタイミングを指示するのは廉史の役目だ。『どうする?』という意図を込めて、煌司は廉史の後頭部に視線を注ぐ。


 しばらく廉史に動きはなかった。だが呼吸数回分を置いた後、廉史は顔を動かさないまま後ろに回した手だけで合図を寄越す。


 ──五秒後に、閃光弾。


『了解』という意味を込めて、煌司はトンッと指先を廉史の手に触れさせた。それだけで全てを承知した廉史は、回していた手をスルリと前へ戻す。


 ──五、


 廉史の意識が視線の先へ集まるのを空気の変化で感じながら、煌司は廉史の左肩甲骨に指先を落とした。音のない微かな接触でも、廉史にはこれでカウントダウンが伝わっている。


 ──四、三、二……


 意識が集中した視線は、圧を発する分、相手に気取られてしまうものなのだろう。


 廉史と煌司、二人が視線を置いた先にちょうど立っていた男が、不快感を覚えたかのように首筋を押さえてこちらを振り返る。


 その男と、煌司の視線がバチリと合った。


 だが煌司の心に焦りはない。意識が乱れることもない。


 ──一、


「なっ、何だお前……っ」


 ──ゼロ。


 男の絶叫は煌司の指が鳴るパチンッという音にかき消された。同時にフロアの中、ちょうど集まった面々の顔を照らし出すかのように閃光が炸裂する。


「うわっ!?」

「なっ……!?」

「何だっ!? 何、ガッ!!」


 同時に、煌司は廉史を飛び越して中へ突入していた。


 抜刀しつつ、一番手前にいた人間の(みぞ)(おち)(つか)(がしら)を叩き込む。さらに手元の動きで刀身を翻し、傍らにいた人間の首筋に峰を落とした。


 同時に反対側にいた人間の足を払い、相手の態勢が崩れたところに膝蹴りを叩き込む。その結果に見向きもせず、煌司は手近にいた人間を次々と制圧していった。


「レン」


 あっという間に一番手前に陣取っていたグループを沈めた煌司は、さらにパチンッと指を鳴らした。その音でポッと灯った炎はまたたく間に数を増し、ひと呼吸置いた後には照明設備が復旧したかのようにフロア中が照らし出されている。


()()()()()?」

「あいあい、バッチグー!」


 視線で敵を牽制しながら背後に言葉を投げれば、呑気な返答が聞こえた。その声に煌司が日本刀を肩に担ぎ上げるように構えれば、ザワリと場の空気が揺れる。


「炎の錬力を扱う刀使い……」

五華(いつはな)学園男子の二人組……」

「ま、まさかお前達っ!」

「おーよ、ご明察」


 ようやく奇襲に気付いた面々に向かって凶暴な笑みを向けた煌司は、眼前に刀を構えるとゆっくりと左手を刀身の上で滑らせた。煌司の錬力を受けた煌司の愛刀……炎刀『()()()』は、その名の通り炎の羽を纏うかのように刀身からユラリと炎を立ち昇らせる。


「あんたらはもう仁王様に目ェつけられてんだ。ジタバタしても、もう無駄だぜ?」


 煌司の宣告と笑みに、一行はグッと言葉を詰まらせる。だが素直に投降するつもりはさらさらないようだった。ザワリと揺らめいた空気が殺意をはらんで一気に煌司に襲いかかる。


 ──いや、狙ってんのは俺じゃあねぇな?


 自分をすり抜けて廉史に向かう殺意に、煌司は鋭く迦楼羅を振り抜いた。軌跡に炎を走らせながら翻った迦楼羅は、廉史に向けられた銃弾も錬力攻撃もその他諸々も全て纏めて薙ぎ払う。


「殺せっ!!」

白浜(しらはま)煌司はどうでもいいっ!! ()るなら黒浜廉史だっ!!」

「黒浜廉史さえどうにかできれば、いくらでも逃げ切れるっ!!」


 フロアに残っているのはあと八人。全員が全員、錬力なり銃器なりで戦える装備を持っているらしい。


 対してこちらは男子高校生が二人。そして残念なことに、廉史の錬力は戦闘向きではない。


 圧倒的に状況はこちらに不利だ。


 だが煌司は自分を素通りする殺意にクッと笑みを深くする。


 ──俺を素通りしてる時点で、お前ら全員……!


「あっまいなぁ」


 煌司の胸の内は、背後で余裕の笑みを浮かべた廉史によって声に出されていた。


 その瞬間にはすでに、煌司の体が動き始めている。


余所見(よそみ)なんかしてる場合じゃないっしょ」


 全員の意識が廉史に集中する。その隙の中に、煌司は躍り込んだ。


 迦楼羅が翻ると同時に、研ぎ澄まされた炎が宙を薙ぐ。廉史に向けられる殺意を炎が焼き払っている間に、迦楼羅が次々と敵を(ほふ)っていく。


「なっ……な……っ!?」


 廉史がのんびり言葉を紡ぎ終わった時、フロアに残された人間は一番奥に陣取っていた一人を残すのみとなっていた。


 二人の登場に一人目が気付いてから、ものの一分経ったか否か。全員が廉史に集中した瞬間からは十数秒と経っていない。その間にフロアに集っていた十三人が倒れ伏す結果となっている。


「『仁王』って言うとさぁ、俺の『絶対記録』だけが注目されがちなんだけどさぁ」


 その死屍累々を踏みつけて、廉史はフロアの中に踏み込んできた。煌司の隣に並んだ廉史は、常と変わらない軽薄な笑みの中に一筋、毒が(にじ)む笑みを混ぜる。


「真に警戒すべきは、シラの『(えん)()』の方だと、俺は思うわけよ」

「な……っ!」


 ヘナリと腰を落とした最後の一人は、断頭台に引き出された囚人のような顔をしていた。たった一人の男子高校生が演じた圧倒的な制圧劇に反撃する気力さえ失われたのか、両手に握られていた拳銃がスルリと滑り落ちて床の上を転がっていく。


「はい、王手」


 その拳銃を拾い上げた廉史は、笑みとともに銃口を男の眉間に突きつけた。


「ちゃーんとみんな揃って錬対に引き渡してあげるからさ。仲良く洗いざらい喋ってよね」


 煌司から見ればいつもと変わらないその笑みが、きっと男には悪魔の哄笑のごとく見えたのだろう。


 ヒクッと顔を引き()らせた男は、断末魔のごとき声で絶叫した。


「このっ……『災禍の仁王(バスティ・デーヴァ)』がっ!!」

「お褒めにあずかり、キョーシュクでーす!」


 そんなどこまでもふざけた、軽やかな返答とともに。


 廉史の指は、容赦なく引き金を引いた。


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