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「んで? こーなるってか?」


 煌司(こうじ)は目の前に建つ廃ビルを見上げながら小さく溜め息をついた。


 目の前にあるビルだけではなく周辺一帯のビル全体に人気(ひとけ)がないのか、煌司の視界は圧倒的な闇に塗り潰されている。


 夜目は効く方だという自負があるが、それにしたって視界は悪い。『こんな分かりやすい廃墟街が案外近場にあったもんなんだな』と思わず感心してしまった。


「やーだねぇ、何か出そうで」

「え? シラって幽霊とか信じてるクチだっけ?」

「いんや?」


 エンジンを切り、スタンドを立てた単車にもたれるように軽く腰を預けながら、煌司は顔を(あお)のかせる。いまだにバイクのタンデムシートにまたがったまま器用にバランスを取っている廉史(れんじ)が、そんな煌司の視線の先を追うように首を巡らせたのが分かった。


「この場合、出るのは幽霊じゃなくて、きな臭い(やから)だな」

「ハッハァー! 言えてるぅ!」


 試験問題の奪取に失敗したのが、昨日から今日に日付が変わるタイミング。説教から試験中まで正座させられ続けたのが、午前から昼過ぎにかけて。『招集』という名目で呼び出されたのがその後で、今はさらにそこから八時間近くが過ぎている。


「結局、ラーメン食いそびれたなぁ……」


『暑さ寒さも彼岸まで』『暦の上では秋ですが』という言葉が飛び交う九月末の夜でも、まだまだ涼しいとは言い切れない熱気が夜の空気を染めていた。夜間に白いカッターシャツ姿は目立つかと思って深紫色のブレザーを律儀に着込んではいるが、正直に言うと暑苦しい。


「チャキチャキ片付けて、帰りに食いに行けば良くね?」

「やってっかね?」

「やってることに期待しよーぜ。楽しみがなけりゃやってらんねーもん」


 同じように上着を着込んだ廉史が、言葉同様に軽い挙動でタンデムシートから飛び降りる。グラリと揺れた車体は、煌司の体によって押さえられた。その行動と向けられた言葉、両方に対して煌司は深く溜め息をつく。


「俺らもワルになりきれねぇもんだよなぁ。こんなに放り出されてぇのに、結局律儀に現場まで出向いてよぉ」

「ま、『オイタに対する罰則として案件片付けに行くか、今この場で斬り殺されるか。ふたつにひとつだ。選ばせてやる』って言われちゃったらねぇ?」

三好(みよし)のクソジジイが日本刀(ポントウ)片手に言うとシャレになんねぇよな」


 自分で言っておきながらその瞬間を鮮明に思い出してしまった煌司は、思わず遠くを見つめるような心境で虚空を眺めた。きっと隣にいる廉史も似たような表情をしているに違いない。


 その証拠に、どこか上の空と言った調子で廉史がぼやく。


「さすがに俺、まだ死にたくはないかなぁー」

「だなぁ、俺もだ」


 同じ調子で答える煌司の脳裏には、その(くだん)の発言が出た際の光景が思い起こされていた。



  ▷  ▷  ▷



「招集主がお待ちだ。一緒に来てもらうぞ『(バス)(ティ)()(デー)(ヴァ)』」


 村井(むらい)によって二人が引っ立てられていった先は校長室で、そこには二人も見知った人物が待ち受けていた。


 その人物の顔を見た瞬間、二人が顔を引き()らせたのは言うまでもない。


「おぅ、テメェら。今回はまた一段とバカをやらかしたみてぇだな」


 煌司と廉史、『五華(いつはな)学園始まって以来の問題児』を呼びつけたのは、(れん)(りき)犯罪対策室室長の三好だった。


 すでに将来錬対(れんたい)の捜査官になることを義務付けられてしまっている二人にとって、三好は未来の上司だ。今も何やかんやとアルバイト感覚で仕事を押し付けられているから、今現在でもすでに『上司』や『第二の保護者』と呼んでもいい存在となっている。


 つまり、二人にとっては『厄介な大人』の筆頭であり、頭が上がらない相手が三好だ。


 四十路の大男。捜査官よりもヤクザと言われた方が信じられる凶悪な顔つき。そんな人間が軍服を思わせる漆黒の錬対の制服に身を包み、くわえタバコで尊大にソファーに身を投げ出している様は、まさに『マフィアの()()』という言葉がピッタリだった。


 そんな三好が細く紫煙を吐き出しながら低く声を上げた瞬間、反射的に煌司は廉史を(かば)う位置へ踏み込み、廉史は煌司に庇われた後ろで退路確保に動き出している。


 そんな二人が撤退に失敗したのは、何も二人の動きが愚鈍だったからではない。


「さすがに灸を据えてやらにゃ示しがつかんと、方々に言われて出向いてきたわけだが」


 三好の手元で何かが光ったと思った瞬間、校長室のドアに手をかけた廉史の鼻先に短刀が突き刺さっていた。『ヒッ』と廉史が息を呑んだ音に煌司の意識が一瞬だけ逸れた時には、三好自身が煌司の目の前に立っている。


「この期に及んで、まぁだジタバタすんのか。え? こンのジャリガキどもが」


 さらには煌司の顎下に鞘を払われた日本刀が添えられていた。下手に動けば首を落とされかねない状況に、煌司は身動きどころか呼吸の自由まで奪われる。


「シラっ!?」

「選ばせてやるよ、白黒浜」


 一瞬で二人を制圧してみせた錬対の長は、気だるささえ見える声音で言葉を紡いだ。


「オイタに対する罰則として案件片付けに行くか、今この場で斬り殺されるか。ふたつにひとつだ。選ばせてやる」


 気だるげなくせに滴り落ちそうなほどの圧と殺意が込められた声音と、首筋に突きつけられた刃を前に、『やれるもんなら斬り殺してみやがれ!』とイキがる気にすらなれなかった。


 せめてもの抵抗に数秒だけ沈黙した後、煌司と廉史は揃って『案件って、なんっすか?』とギクシャクとした声を上げたのだった。



  ▷  ▷  ▷



 結果、二人は『罰則』という名目で押し付けられた仕事を片付けるべく、こんな夜間に廃墟街くんだりにまで出張ってきている。


 ──一応あのクソジジイ、俺らの師匠でもあるんだよな? 師匠が弟子にあんな脅しをかけていいものなのかよ?


 煌司と廉史は、学校で授業を終えた後、三好を筆頭とした錬対の捜査官達から捜査官たるイロハを叩き込まれる特別講義を受けさせられている。


 その特別講義の中で二人に剣術を指導しているのが、何を隠そう三好(ごう)(ぞう)錬力犯罪対策室室長だった。座学や他の武術指導でも先生役と言える捜査官は何人か存在しているのだが、二人が『師匠』と認識している相手は三好だけだ。


 裏を返せば、反抗期真っ盛りな煌司達でさえ『師匠』と仰がざるを得ないほどの威厳と貫禄と恐怖を備えているのが、三好剛三という人物である。


 ──おっしょーさん(クソジジイ)が出張ってきた時点で、拒否は不可能だったわけではあるが。……さて。


「あそこの廃ビルにたむろってるメンツの把握が仕事だっけ?」


 煌司が思考を切り替えた、まさにそのタイミングで廉史が声を上げた。チラリと視線を投げれば、隣に並んだ廉史は先程まで煌司が視線を向けていた廃ビルを見上げている。


「現行犯で捕まえてもいいけど、ゼッテー殺すなよって釘刺されまくったな」

「いやぁねぇ、おっしょーさんも。俺達がいつヒトゴロシなんてしたっつーのさ」

「精々やっても半殺しで止めてるっつーの、なぁ?」


 五華学園に通う生徒達は『実地訓練』という名目の下、錬対による錬力犯罪の捜査に協力している。


 実地訓練は本来ならば二年生からだが、『実地に耐えうる実力をすでに持っている』と学園が認めれば、一年生から実地訓練に参加することは可能だ。そしてこの実地訓練の成果は、座学の成績よりもよほど重視される傾向にある。


 煌司と廉史は、この実地訓練に新入生の時代から強制参加させられてきた。二人がこれだけ問題児でありながら問題なく二年生へ進級できてしまったのも、新入生時代から実地訓練でずば抜けた成果を上げ続けてきたからに他ならない。


 煌司と廉史のタッグ『仁王』の名は、学園内はおろか錬力関係各所や警察、果ては錬力犯罪者コミュニティにまで轟いているという話だ。


 ──ま、ホンマモンの捜査に中学生(中坊)の頃から参加させられてた俺らに、実地訓練なんてお遊び、生ぬるいってんだよ。


 今回は実地訓練ではなく捜査だ。おまけに罰則として課されたものでもある。どれだけ真面目に、かつ鮮やかに解決してみせても、その成果が成績に反映されることもなければ、公表されることもない。完全にタダ働きだ。


 しかし真面目にやらなければ命が危うい。任務を失敗して負傷するというよりも、手ぶらで帰った場合の三好の反応が怖いという意味で。


 何より、自分達のプライドが、そんなヘボな結果を認めない。


「集まってるメンツって、錬力使い達でクーデターを起こそうとしてる輩なんだっけ?」


 きっとまた同じことを考えていたのだろう。廉史の声がわずかに調子を変える。


「おーよ。錬力使いこそが一般人を支配すべきっつー、俗に言う『錬力選民思想』ってやつらの決起集会って話だったよな」

「あっは。俺、そーゆー人とは仲良くできないわ」

「同じく」


 廉史に答えながら、煌司は背中に負っていた竹刀袋を下ろした。スルリと口を解けば、中から一振りの日本刀が姿を現す。


 煌司が愛刀をいつでも抜けるように帯刀ベルトに固定している間に、廉史は左耳にインカムを装着していた。琥珀の髪が揺れる下で、インカムが起動したことを示すぼんやりとした赤い光が一瞬だけ舞う。


 左腕には錬対関係者であることを示す喪章のごとき漆黒の腕章。耳に揃いのインカムをはめ、起動光を発さないステルスモードに設定したことを互いに確かめ合えば、二人の支度は完了だ。


「んじゃ、さっさと片付けようぜ。お前が見て、俺がぶった斬りゃ、一丁上がりだ」

「へいへーい」


 軽い口調と軽い踏み出し。


 立てる音は軽やかに。しかし醸す空気は重力が変わるほどに重く。


『災禍の』と称される、とっておきの問題児達が躍り出る。


「我ら、両雄揃って『仁王』」

「降魔調伏、開始しまーす!」


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