逆さ馬
ジャラ……
また床下から音がした。碁石の笥に手を突っ込んでかき回すような音だ。ささくれた筵のうえで寝返りを打ちながら、卯吉は小さく舌打ちをした。
なんだってんだ、ちくしょうめ。
眠りを妨げるほど大きな音ではないが、一度気になりだすと不快でたまらない。
ジャラリ……
月の明るい夜だった。隣りでだらしなく眠りこける女のほうへ目をやる。
このアマぁ、よく平気で寝ていられるな。
茅葺きの粗末な家だ。若い後家が宿の代わりに旅人を泊める野小屋。ついでに一夜の春もひさぐ。貧しい農村ではよくあることだった。
ジャラジャラジャラ
ついに我慢しきれず、卯吉は蚊帳のなかで身を起こした。
そのとき女が寝ごとを言った。
「……戻ってきてくれたんだねえ」
「あん?」
振り向いた卯吉は、仰天した。
隣りで寝ていたのはボロをまとった骸骨だった。まばらに生えた髪が、血走った眼をすだれのごとく覆っている。
「もう逃がさないよお。あたしゃこの日が来るのをずっと待ってたんだからねえ」
「ひいっ」
蚊帳を引き破り外へ這い出した。その足をつかもうと冷たい指先が触れる。
「た、た、助けてくれえっ」
ついに小屋を逃げ出した卯吉は、そのまま村ざかいにある寺へと転がり込んだ。
あくる朝、住職に伴われ再びおとずれた小屋は、倒壊寸前の廃家だった。その破れた床板のすき間から、平らな石がびっしりと敷き詰めてあるのが見える。石にはすべて血文字が書かれていた。左右を逆にした「馬」という字だ。
「ひとを呼び戻す為のまじないです。この家のあるじは魂魄となってなお、誰かを待ちこがれていたのでしょう」
住職は静かに合掌した。