夕景の女
それは彼岸をすぎて間もない、よく晴れた夕暮れどきのことだった。
一日のバイトを終え、ぼくは県道から一本わきへ入った山づたいの道で自転車をこいでいた。紅葉のにしきが斜陽を照り返して、まるで燃えるように輝いている。東の空からは早くもあかつきの薄闇がせまっていた。
斜面を切り崩した採石場の跡地へさしかかったとき、夕日と闇のあわいにとけ込むようにして女が立っているのが見えた。女は枯れ色のワンピースを血で真っ赤に染めていた。
あ、出たかとぼくは思った。その場所ではかつて若い女性の惨殺事件があったのだ。
女は顔いっぱいに西日を浴びて微笑んでいた。血にまみれた服と相まって、その姿はオレンジ色の光彩を放つナトリウムランプのように映った。
Uターンしようか迷ったが、この道を通らなければ下宿へは帰れない。ぼくは目を伏せ、ちからいっぱいペダルを踏んだ。
女のまえを通過する刹那、声が聞こえた。それは直接ぼくの頭のなかへ語りかけてきた。
(待って……)
思わずブレーキを握っていた。タイヤが悲鳴をあげる。だけど女のほうを振りかえるだけの勇気はわいてこなかった。
(ここで一緒に夕日が沈んでゆくのを見ましょうよ)
ぼくはギュッと目を閉じ「ごめんなさい」と心のなかで念じて、ふたたびペダルをこぎはじめた。
(行かないでっ)
女の悲痛な叫びに追いかけられ、ぼくは必死になってスピードをあげた。
やがて簡易郵便局のあたりまで来たとき、自転車を止め恐るおそる後ろを振り返ってみた。
女の姿はもうなかった。
ただ夕日を浴びて燃え立つ斜面に、野焼きの煙がうっすらと立ち込めているだけだった。