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なめこ太郎/666文字奇譚  作者: 閉伊卓司
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「苦しくなったらこのボタンを押してくださいね」

ナースコールの端末を握らせて看護師が出てゆく。

緩和ケア病棟は私のような末期がん患者を入れておくところだ。

ただ死を待つだけの場所。

白いカーテンで仕切られた空間には死臭がみちている。

点滴の中身は抗がん剤などではなくモルヒネだ。

死ぬのは恐い。

だが日に日に衰えゆくこの身はすでに生への執着を失っていた。

眠い。

鎮痛剤を打った後はいつもこうだ。

目を閉じてまどろみかけた――そのとき。

〈コウスケ〉

不意に名を呼ばれた。

いつの間にか目のまえに少女の顔があった。

サラサラとした黒髪の先端が鼻さきへふれている。

……どこの子だろう。

勝気そうなひとみ。

そのひとみがつりあがる。

〈いつまで寝てるつもり〉

そこでようやく気づいた。

十歳のとき死んだ姉だった。

〈さあ行くよ〉

ちいさな手がさしのべられる。

枯れ枝のような私の指がその手をつかんだ。

途端これまでとは比較にならない激痛が襲ってきた。

まるで心臓に棒を突っ込まれたようだ。

呻吟し、苦痛に耐えかねてナースコールのボタンを押す。

「どうしましたっ」

看護師が駆け込んでくる。

しかしそのときにはすでに私の精神は肉体から切り離されていた。

看護師が慌てふためく様子を天井からぼんやり見おろしている。

〈ほら早く〉

姉がまた手を引いた。

私はついに観念してうなずいた。

とつぜん糸の切れた凧のように体がぐんぐんと急上昇をはじめた。

見おろす視界のなかで八十年暮らし続けた街が遠ざかってゆく。

やがて地球の輪郭が米粒ほどになったとき、下界のどこかで医者が「ステルベン」と言うのが微かに耳にとどいた。



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