表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なめこ太郎/666文字奇譚  作者: 閉伊卓司
73/100

N教授の手記より

 クラクフにある聖アンナ教会のまえに捨てられていた嬰児を引き取ってからというもの、私はこの哀れな少年を観察記録することに日々を費やしてきた。

 大根のへたを切り落としたように、彼には頭部がない。

 無脳症である。

 さらに左肩甲骨の後ろには大きなコブを背負っていた。

 研究室の保育器へ寝かせるとき、この赤ん坊はじきに死ぬだろうと考えていた。大脳の七〇パーセントと脳幹の一部が欠落しているのである。

 が、驚くべきことに彼は今日までの六年間というものを生きつづけた。

 脳が機能せずしてなぜ生命を維持できるのか、それが長年の疑問であった。

 コブは年々成長をつづけ背中をらくだのように盛りあげていた。心臓を圧迫し不整脈発作を引き起こすようになったので、本日やむをえず切除するに至った。

 さて皮膚を切開するとなにやら黒いものがあらわれた。

 血でよれた毛髪だった。

 さらに血肉をより分け、そこに信じられないものを見た。

 顔である。

 塩漬けのオリーブみたいなどす黒い肌をしていた。

 助手たちは驚いたが、かつてワルシャワの大学病院でおなじ症例を見たことがある。

 結合双生児というやつだ。

 おそらくは胎児期にみずからの体内へ取り込んだ双子の兄弟だろう。

 ここで私はひとつの仮説を立てた。

 もし少年が、奇しくもおのが体内へ吸収した兄弟の脳によって生かされていたのだとしたら。

 そのときである。

 切開した肉のなかで血に濡れたまぶたがゆっくりと開いた。そしてこれまで声を発したことのなかった少年が、こう言ったのだ。

 Fiat Lux

 光あれ、と。

 不安そうに揺れ動くひとみが、やがてピタリと私へ視点をさだめた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ