N教授の手記より
クラクフにある聖アンナ教会のまえに捨てられていた嬰児を引き取ってからというもの、私はこの哀れな少年を観察記録することに日々を費やしてきた。
大根のへたを切り落としたように、彼には頭部がない。
無脳症である。
さらに左肩甲骨の後ろには大きなコブを背負っていた。
研究室の保育器へ寝かせるとき、この赤ん坊はじきに死ぬだろうと考えていた。大脳の七〇パーセントと脳幹の一部が欠落しているのである。
が、驚くべきことに彼は今日までの六年間というものを生きつづけた。
脳が機能せずしてなぜ生命を維持できるのか、それが長年の疑問であった。
コブは年々成長をつづけ背中をらくだのように盛りあげていた。心臓を圧迫し不整脈発作を引き起こすようになったので、本日やむをえず切除するに至った。
さて皮膚を切開するとなにやら黒いものがあらわれた。
血でよれた毛髪だった。
さらに血肉をより分け、そこに信じられないものを見た。
顔である。
塩漬けのオリーブみたいなどす黒い肌をしていた。
助手たちは驚いたが、かつてワルシャワの大学病院でおなじ症例を見たことがある。
結合双生児というやつだ。
おそらくは胎児期にみずからの体内へ取り込んだ双子の兄弟だろう。
ここで私はひとつの仮説を立てた。
もし少年が、奇しくもおのが体内へ吸収した兄弟の脳によって生かされていたのだとしたら。
そのときである。
切開した肉のなかで血に濡れたまぶたがゆっくりと開いた。そしてこれまで声を発したことのなかった少年が、こう言ったのだ。
Fiat Lux
光あれ、と。
不安そうに揺れ動くひとみが、やがてピタリと私へ視点をさだめた。