表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なめこ太郎/666文字奇譚  作者: 閉伊卓司
70/100

乳房


 介護士のN美さんは、身体にあるコンプレックスをかかえていた。

 右の乳房にくらべ左のほうが明らかに小さいのだ。もちろん左右で乳房の大きさが異なる女性などたくさんいる。だが彼女の場合は2カップ以上の差異があった。

 ブラジャーは同じデザインのものを2サイズ買ってきて、半分ずつを縫い合わせている。外出するときはそれだと目立つので、左側にパッドを押し込む。プールや海水浴へは行かない。友人どうしで温泉旅館へ泊まったときも「風邪をひいた」と言って自分だけ部屋に残った。それでも定期検診などでは上半身を晒さねばならず、羞恥で頬を染めてしまうのだった。


 あるとき彼女の働く施設に、元は占い師だったという老婆が入所してきた。車椅子での生活を送っているが、頭のほうはしっかりしている。彼女はN美さんを見るなりこう言った。

「あんた左肩が凝るだろう」

「あ、はい、すごく凝るんですよ」

「それと子供を堕ろしたことがあるね」

 ずいぶん不躾なことを訊くと少しムッとしたが、たしかに覚えがあった。

「その子があんたの左胸にしがみついているんだよ。死んでも母のお乳が恋しいとさ。ちゃんと供養してやらなきゃ」

 半信半疑ながらも老婆から紹介された寺へ行き、小さな地蔵尊を奉納してきた。

 住職から、なるべく祥月命日にはお参りに来なさいと言われたが、堕胎したのがいつなのか覚えてない。ただ満開の桜のしたで、ベンチに座って泣いた記憶がある。

 もし男の子だったらごめんね。

 我が子の命日を3月3日と決め、以来欠かさず手を合わせに行くようにしている。

 最近になって、左の乳房が少しずつふくらみ始めた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ