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なめこ太郎/666文字奇譚  作者: 閉伊卓司
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かぶとむし


 遠く、祭りばやしが風にのってはこばれていた。

 生垣のむこうの田んぼでは、くるったように虫が鳴いていた。

 ときおり雲間から銅盤のような月がのぞいた。蚊帳を吊った座敷のほうから薄明かりが漏れ、縁側にいるぼくたちの影をひょろ長く庭へ投じていた。

 下駄をぬいで横ずわりした姉が、ゆっくりとうちわを使っていた。浴衣から洗い髪の良い匂いがしていた。

 ぼくは二匹のかぶとむしを見つめていた。天神祭の夜店で祖父にねだって買ってもらったものだ。つがいで売られていたので、メスのほうは姉にあげた。

 かぶとむしは砂糖水を張った小皿に取り付き、さかんに黄色い舌をのばしていた。

 蚊取り線香の煙が風にゆれていた。

 不意に、姉が「あっ」とうちわの手をとめた。

 二人の目は、かぶとむしの動きに釘づけになった。オスがメスの背にしがみつき、興奮してからだを痙攣させているのだ。ぼくには二匹がなにをしているのかすぐに察しがついた。一瞬、聞き覚えたばかりの「犯す」という言葉が脳裏に浮かんだ。

 ――ぼくのかぶとむしが、姉のかぶとむしを犯している。

 恐るおそる姉のほうを見た。息を飲んで表情を凍りつかせていた姉は、ぼくと目が合うと「やらしか」と怒って、さっさと蚊帳のなかへ這入ってしまった。

 濡れ縁の板間では、あいかわらず二匹が情事をくり広げていた。

 姉の残り香がいつまでも消えなかった。


 少年の日の思い出だ。

 あれからもう二十余年が経つ。

 姉は上京してすぐに父親の定かでない子供を生んで、家から勘当された。そしてなぜだかぼくは、その子の父親が……ひょっとして自分なのではと今も思い悩んでいるのだった。



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