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なめこ太郎/666文字奇譚  作者: 閉伊卓司
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やまわろ


 私がまだ三つか四つのとき、母親が出産のため入院して一週間ほど祖父母の家にあずけられたことがあった。長野県のずっと山奥のほうにある村落で、今はもうダムの底に沈んでしまっている。標高千二百メートルの山を迂回するかたちで県道からバイパスがのびているが、当時は険しい山道をバスに数時間も揺られなければたどり着けない辺鄙なところだった。

 祖父母が暮らすのは茅ぶき屋根の旧家で、敷地の裏手からは谷川のせせらぎが聞こえてくる。

 あるとき庭で地面に絵を描いて遊んでいると、垣根をガサゴソかき分けて自分と同じような年格好の少年が現れた。近所に住む子供かなと思っていたら「遊びに行こう」と声をかけてくる。ちょうど退屈していたので「うん」と立ち上がると、服のそでをつかんで垣根のほうへ引っぱられた。

「こっちで遊ぼう」

「そのむこうは崖だよ……」

 すごい力でグイグイ引きずられ、しまいには服が破けたのでワッと泣きだすと、座敷の奥から祖母が飛んできた。振り返るともう少年はいない。

 今あったことを話すと「それは、やまわろだ」と言って、納戸から丸まると太ったキュウリを持ってきた。それを三宝に乗せて庭のすみへ置く。

「これで、もう大丈夫」

 それ以降やまわろは現れなくなったが、お供えするキュウリは毎日いつの間にか消えていた。

 やがて母が出産を終え、いよいよ東京へ帰るという日の朝――。

 ふと見ると、キュウリが三宝のうえに残されたままだった。

「水もだいぶ温んできたから、そろそろ川へ帰ったんだろう」

 祖母がそう言った。

 やまわろとは山童と書くが、これが川へ帰ると河童になるのだそうだ。




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