フクロウ
マッカリヌプリの尾根が、熾った炭のように赤く照りはじめていた。じきに日が沈む。キトは泣きそうになりながらも歩きつづけた。通い慣れた道のはずなのに、いつまで経っても村へ帰り着けない。周囲にそびえる木々の梢では、さっきからフクロウが鳴いていた。
フォッフォウ
あの低い声はたぶんシマフクロウだ。シマフクロウはコタンの守り神。きっと自分のことを見守ってくれているに違いない。そう信じてキトはなんとか自分を励ました。
夜の森にはケナシウナルベという魔女が現れると言われている。だから村の者は日の暮れる前に必ず森を出るようにしている。密生する樹木を縫うように切り通した小道からは、早くも夜気が立ち上っていた。急がなきゃ――。
フォッフォウ
またフクロウが鳴いた。
あれ?
なぜだか急に、眼前に広がる景色をさっきも見たような気がした。いや、さっきだけじゃない、その前にも……。もしかすると自分は、同じ道程をぐるぐる巡っているだけなのでは。
そう思ったら背後で鳴くフクロウの声がむしょうに怖くなってきた。
――良い神はシュンクを好む、悪い神はフプを好む
古くから村に伝わる歌だ。シュンクとはエゾ松のこと、フプはトド松。嫌な予感がして、キトは恐る恐る後ろを振り返ってみた。薄闇のなかに、暮れ切らぬ空を衝いて黒々とのびる一本のトド松があった。その梢には、青白い冷光を放つ二つの目玉が。
「ひいっ」
キトは、その場にへたり込んだ。
フォッフォウ フォッフォウ
今までフクロウの鳴き声だと信じていたものが、じつはしゃがれた老婆の嘲笑だということに、彼はこのとき初めて気づいたのである。