いづな
小学六年の秋に、修学旅行で十和田湖畔のとある旅館へ泊まった。建物は古いが、別棟に檜造りの立派な浴場があった。六年生は七クラスあり、男女の別を入れて十四のグループに分かれ風呂へ入る。早めに順番のきた私たちはさっさと入浴を済ませ部屋で騒いでいたが、ふと一人の男子が言った。
「なあ、今うちの女どもが風呂へ入ってるから、ちょっと覗きに行かないか」
田舎の悪ガキどものことである、否も応もない。みなで忍者のごとく部屋の窓から抜け出した。日はすでに暮れており、渡り廊下の壁づたいに進むと、やがて宵闇のなかに浴場の仄明かりが見えてくる。
と背後で急に、ザワザワとなにかの動き回る気配を感じた。
「おい、なんかいるぞ」
暗がりを透かし見ると、旅館裏手の雑木林にたくさんの小動物が這い回っていた。こちらを威嚇するように唸り声をあげてくる。たちまちみんなパニックに陥った。
「やばい逃げろっ」
一人が叫んだ。あとはてんでんバラバラ、全員ほうほうの体で部屋まで逃げ帰ってきた。うち一人が手を噛まれたと泣いていたので見ると、まるで錐で穿ったような鋭い歯形が付いていた。
翌朝、旅館を発つときにだれかが言った。
「おい、あんな所に神社があるぞ」
昨夜は気づかなかったが、変なものに追い回された辺りの茂みに赤い鳥居が立っていた。風ではためく幟に「飯」という字が見えた。今にして思えば、あれは飯綱権現の社ではなかったか。飯綱とは「管狐」と呼ばれる、小さな狐の姿をした妖怪である。
ところでこの件に懲りた悪ガキどもがその後おとなしくなったかというと、そんなことはなく現在に至っている。