天窓
都立高校で美術を教えるNさんは、このたび念願のマイホームを購入した。ログハウス風の洒落た輸入住宅で、ロフトの部分をそっくり夫婦の寝室として使っている。三角屋根には嵌めごろしの大きな窓があり、都心から離れているせいもあって、日が暮れてから見上げるとまるでプラネタリウムのように星空が広がって見える。満天の星を眺めながら眠るというのが彼の子供のころからの夢だった。
ところがある朝、その窓ガラスに手形が付いているのを見つけた。天窓のほぼ中央に、両手の形がくっきりと浮かび上がっている。
「きっと家を建てたときに工事のひとが付けていったのよ」
妻は気にしなかったが、Nさんは首をかしげた。
「そうかなあ、昨日までは確かになかったんだけど……」
長柄のモップで拭き取ろうとしたがダメだった。どうやら外側から付けられたものらしく、けっきょく美装業者に頼んできれいに洗い流してもらった。
ところがそれから一ヶ月ほどしたある朝、Nさんは妻にゆり起こされた。
「ちょっと見てよアレ。また手形が付いてるのよ。それに今度は、ほら……」
震える指の先を目で追うと、天窓に付けられた二つの手形の間に、今度はガラスへ接吻したようにべったり口紅のあとが残っていた。
「きっと夜中にだれか屋根に上ったのよ」
「まさか。あそこはかなり急勾配だぜ。この間だって美装業者のひとがすごく苦労してたじゃないか」
「でもそうとしか考えられない。だれかが……いえナニかが屋根によじ上って、私たちの寝ている姿をじっと眺めていたのよ」
まだ建てたばかりだが、Nさん夫婦はこの家の売却を検討しているという。