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なめこ太郎/666文字奇譚  作者: 閉伊卓司
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竹屋の渡し


 みめぐり神社の稲荷へ詣でようと思っとった。ちょうど桜の季節でな、竹屋の渡しから舟に乗ったはいいが、花見客でごった返して押し合いへし合い、今にも舟べりからひとがあふれそうじゃった。はるか向こう岸を見渡せば、土手づたいにそりゃあみごとな桜の並木が、水戸さまのお屋敷のあたりまでずうっと続いとったよ。

 やがて川の中ほどまで差しかかったとき、対岸から「伝七やあい」と名を呼ばれた。見ると、舟つき場の桟橋から手をふる女がいる。姉の登美じゃった。娘の時分そのままに、市松模様の小袖を着ておった。あまりに懐かしかったので「おうい」と手をふり返すと、彼女の周りにわらわらとひとが集まりはじめた。木場町の弥平おじ、はす向かいの鶴婆さん、表具屋のご隠居、妙心寺の先代住職、どれも懐かしい顔ばかりじゃった。

 そのときわしは、ふっと思ったんじゃ。

 このまま川を渡ってはいけない。なにせ向こう岸にいるのは、みな彼の世の人間ばかりなのじゃ。

 こう見えても漁師のせがれよ、夢中で水へ飛び込んだ。泳ぎには自信あった。ところがわしが飛び込んだとたん、それまで穏やかだった大川の流れが急に荒れ狂いだしてな、泳ぐどころか浮かんでいることさえままならなくなった。こりゃいかんと思ったときにはもう遅かった。かなりの量の水を飲んで、そのまま意識がふっと途切れた……。

 気がつくと川縁へ寝かされとった。大勢の野次馬がわしの顔を覗き込んでてな、少しはなれた場所には筵が敷かれ、死体がずらーっと並べられておったよ。訊けば、ひとの重みで舟がひっくり返り、助かったのはわし一人ということじゃった。




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