古い浴室
「大家さんの記憶が正しければ、あそこが建てられたのは昭和四十年代の終り頃だそうです」
今年大学院生になるEさんは、公園ベンチで鳩にエサをやりながら少し遠い目をして言った。
「なので浴室はもちろんユニットバスなんかじゃなく、タイル貼りの古い造り風呂だったんですけど……」
彼が三年前まで暮らしていたアパートは、トイレと風呂が各部屋に備え付けられ、それで家賃が四万円以下という貧乏学生にとっては大変ありがたい物件だった。
「最近は、銭湯代もバカにならないですからね」
ところが実際そのアパートへ越してみると、浴室で色々と不思議なことが起こった。
「夜中に水を使う音がするんですよ、誰もいないのに。それとタイルの上をペタペタ歩き回る気配があったり……」
なかでも気味悪かったのが髪を洗うときで、あきらかに背後からジッと見られている感じがしたそうである。
「だからいつも髪は、パッパッと適当に洗って済ませていました。目をつぶるのが恐かったんです」
しかしそんなある日、シャンプーが目に入ってしまい、お湯を出そうと慌てて蛇口を探っていたら――。
「突然、背後からヌッと腕がのびてきて、僕のかわりに蛇口を捻ってくれたんです。思わず悲鳴をあげましたね。だってそのとき、氷のように冷たい肌が僕の背中にペタッと触れたんです」
彼はブルっと身震いして腕をさすった。晴天の七月だというのに肌がプツプツと粟立っている。
「……裸の、乳房でした、ちょっとたるんだ感じの」
ずっと昔そのアパートでは老女の孤独死があったという。だた、それがEさんの住んでいた部屋なのかは分からないそうだ。




