針
部屋で宿題をしていたら弟と二人母に呼ばれた。
母は一階の和室できちんと正座して私たちを睨んでいた。机のうえには縫いかけの浴衣と裁縫箱。
「あんたたち針で遊んだでしょう、どこへやったの? 危ないから早く返しなさい」
私と弟は、正直に知らないと答えた。
「嘘おっしゃい、針がひとりでに無くなるわけないじゃないの!」
母の剣幕に弟が泣きだした。じつは裁縫箱から針が紛失したのは今回が初めてじゃない。でも身に覚えのないことだったので、私たちは無実を主張しつづけた。母は疑念を抱きながらも「絶対に針を持ち出しては駄目よ」と念を押して私たちを解放した。
夕食のとき、いつものように仏間へ膳を運んだ。そこには寝たきりの祖父がいて、祖母が付き切りで世話をしている。障子を開けようとしたら、その祖母のしわがれ声が聞えてきた。
「ほれ、わがまま言わんでちゃんと飲みなさい。お茶と一緒なら飲めるじゃろう?」
祖父がげほっげほっと噎せ返る。どうやら薬を飲ませているようだ。
「さあ飲みなさい。飲むまでは絶対に許さんからね」
げほっげほっ。
なぜだか急に寒気を覚えた。聞いてはいけないものを聞いてしまったような。私は音を立てないよう注意して、その場から離れた。
それから半年後に祖父は亡くなった。
老衰だが、死ぬときにはかなり苦しんだようだ。
焼き場で骨を拾っているとき、灰のなかにきらりと光るものを見つけた。縫い針だった。周りを見回してみたが、大人たちはだれもそれには気づいていないようだった。そっと祖母の様子をうかがう。
目が合った。
かすかに笑った。
私は恐ろしくなってすぐに顔を伏せた。