旧道のトンネル
国道から樹木の茂る急な斜面を海側へ下ったところに、そのトンネルはあった。現在は使用されておらず、入り口はバリケードで塞がれている。周囲には民家とてなく、街灯の明かりすらもない。ヘッドライトを消すと、星明かりに浮かぶ山の輪郭だけが黒くそびえて見えた。
「……なんかまじヤバそうだな、ここ」
アキラが懐中電灯をトンネルへ向けながら言った。岩肌にぽっかりと空いた大穴は、まるで巨大な怪物の口のようにも見える。
「じゃあ、やってみるか」
ネット掲示板の書き込みによると、深夜この入り口で鈴を鳴らすと反対側からも同じように鈴の音が返ってくるらしい。バリケードの前に立って用意してきた鈴を鳴らした。
ちりりーん
耳を澄ましてみる。トンネルの中からは何も聞えてこない。
ちりりーん
数度おなじ事をくり返してみたが何も起こらないので、俺たちは思い切ってバリケードを乗り越えることにした。内部は思ったより狭く、車一台がようやく通れるほどの広さだ。
ちりりーん
奈落に沈んだような闇のなかを、俺とアキラは鈴を鳴らしながら進んだ。
ちりりーん
「おい、気味悪いからもう鈴を鳴らすの止そうぜ」
「え? 俺は鳴らしてないよ」
お互いの姿を照らしてみると、どちらも手に鈴を持っていなかった。
ちりりーん
「じゃあ……この音は?」
ちりりーん、ちりりーん
二人どこをどう走ったのか、車にたどり着いたときには汗だくで体じゅう擦り傷だらけだった。
戦時中このトンネルを両側から掘り進めるにあたり、互いに鈴を鳴らしてその位置を確認し合ったという。記録では、過酷な労働に耐えきれず多くの者が命を落としたらしい。