跨線橋の上で
二年前に死別した女と偶然再会した。
ようやく梅雨も明け、新緑の合間を心地よい風が吹き抜けてゆく初夏の夕暮れどきだった。
場所は日暮里の駅から谷中の墓地へと抜ける跨線橋の上で、彼女は水色の欄干にもたれかかり、なかば身を乗り出すようにしてぼんやり夕日をながめていた。眼下から吹き上げてくる生ぬるい風に、長い黒髪がたなびいていた。橙色のサマーニットが紅く燃える夕景に溶け込んで、その姿は半分透けているようにさえ見えた。
私は最初、声を掛けるのをためらった。
相手は死人なのだ。
周囲を見回してみたが他に人影はなかった。こちらに背を向けているせいで彼女の表情は窺えないが、おそらく私の存在には気づいていないだろう。無視して通り過ぎようか……。
この跨線橋は、かつて二人がデートの待ち合わせでよく使用した場所だった。彼女はいつもこうやって欄干にもたれかかり、私が来るのを待ちわびていた。そうだ、もしかすると……今でも自分の死に気づかず、私のことをひたすら待ち焦がれているのかもしれない。
恐ろしいと思う反面、彼女のことがとてもいじらしく感じられた。このままずっと待たせておくのも可哀想だ。
私は意を決し、おそるおそる声を掛けてみた。
「やあ……」
彼女の肩がぴくっと震えた。
長い髪がざわりと逆立つ。
ゆっくりとこちらを振り向いたその目が、私の姿をみとめた瞬間かっと血走った。口のなかで、舌が別な生き物のようにうねうねと蠢く。
やがてその口から空気が漏れ出し、それは徐々に甲高い悲鳴へと変わっていった。
そこで私はようやく思い出したのだ。
死んでいるのは自分のほうだ……。