慰問袋
「これやるよ」
戦友の葉山が、布製の犬のマスコットを投げてよこした。さっき配給された慰問袋に入っていたものだ。
「お守りにしろ」
「バカ、くれた人に悪いだろ」
「いいよ、俺は申年の生まれだから」
そう言って笑った。予科練のころから一緒だが、彼のこんなに楽しそうな顔を見るのは初めてだった。
「そっちは何が入ってる?」
彼が覗き込むので、袋から中身を取り出してみた。石鹸、胃腸薬、腹巻き、それに飴玉が入っていた。同梱された手紙には、綾瀬国民学校初等科五年、平松フミエとあった。
「女の子からだ。兵隊サン、イツモアリガトウ、だとさ」
「良かったな」
二人、肩を叩き合って笑った。
翌朝小隊長から集合がかかった。沖縄近海へ向けて出撃するという。特攻だった――。
「やっと俺たちの番か」
もとより生きて帰る気はなかったし、死んだ仲間の仇も討ちたかった。みんなまだ若かったのだ。
戦争とは無縁の青く澄んだ空の下、出撃する仲間たちと最期の盃をくみ交わす。真っ白いマフラーが風にたなびいていた。
突然、暖気運転中だった俺の機から黒煙が上がった。極度の物資不足で故障機をむりやり修理して乗っている。エンジンが保たなかったに違いない。
「ちくしょう、こんなときに」
けっきょく俺は、次々と離陸してゆく零戦を悔し涙を流しながら見送った……。
その後千歳基地へ転属となった俺は、そこで終戦をむかえた。
復員して母親に例の犬のマスコットを見せると、なにを思ったのか彼女はその腹を裂き始めた。
「お前が生きて帰ってこれたのは、これのおかげだよ」
中に入っていたのは、折り畳まれた摩利支天の護符だった。