子供たちのざわめき
盛岡の営業所で単身赴任したときの話。
社宅での独り暮らしにも慣れそろそろ妻の手料理が恋しくなり始めたころ、ある奇怪な体験をした。
夜中にふと目を覚ますと、窓の外を大勢の子供たちが通り過ぎてゆく気配がするのだ。それはまるで遠足へ向かう行列のように嬉々としてふざけ合い、終始楽しそうなざわめきに満ちていた。
こんな時間にどこへ行くのだろう、星の観察でもするのかな?
不思議に思ったが、さして気にもとめないまま再び眠りについた。
翌朝そのことを同僚に話すと、彼は声をひそめて言った。
「悪いことは言わない、他所へ越したほうがいい」
理由を聞いたが教えてはくれなかった。
その後もたびたび同じことがあり、さすがに気味悪くなった私はそこを引き払うことに決めた。
新しいアパートも見つかり、その部屋で寝るのも今日が最後という夜――。
いつものようにざわめきが聞える。
ああ来たな、と思っていると、なぜだかその日に限って音はどんどん近づいてくる。
来る、来る、と息を殺して待っていると寝室のカーテンがひるがえり、ベッドのあちこちが足の踏む形にへこみ始めた。間違いない、子供たちは今私が寝ている上を通過しているのだ。
ぎゅっと目を閉じると不意に耳元で囁き声がした。
「一緒に行こ」
驚いて首を横に振る。チッという舌打ちが聞こえ、今度は手首をつかまれた。予想に反して枯れ枝のような手だった。私は悲鳴をあげベッドから転がり出た。
ざわめきが止む。
見ると、部屋のなかには痩せさらばえた大勢の老人がいた。目の前に立つ老婆が、鼻からチューブをぶら下げたまま歯のない口で笑った。
「一緒に行こ」