男湯
今どき男尊女卑でもないだろうが、会社の慰安旅行で訪れたその旅館は、男湯にくらべて女湯がえらく貧相だった。
「なんかムカつくわね、こういうの」
部屋にあった施設案内のしおりを見てユミが頬を膨らませる。
「男湯はこんなに豪華な岩風呂なのに、あたしらのはなによ、今どき五右衛門風呂ってか?」
面白みのない円形の浴槽は、四人も入れば身動きが取れないほどに狭かった。
「どうせ男どもは宴会でつぶれちゃうんだし、夜中にこっそり入ってやろうか、男湯に」
「やめときなよ、他のお客さんだっているし」
「大丈夫よ、うちらの他はお年寄りのグループばっかだもん」
けっきょく私とユミは宴会を終えた深夜、こっそり男湯へ忍び込んだ。
「やった、誰もいないね」
浴室はがらんとしていた。私たちは手早く体を流し、岩風呂にどっぷりと肩まで浸かった。
「ふう、極楽極楽――」
湯気でかすんだ室内に、ちょろちょろとお湯の湧き出る音だけが反響している。
「風流だわあ」
「……あれ?」
お湯のせせらぎに混じって人の声がするような気がした。それは確かにこう聞えた。
オンナダ、オンナダ、オンナダ、オンナダ……
――女がいるぞ
「ちょっとなにこれ?」
そう思った瞬間、私たちは湯船の底に体を引きずり込まれた。
「ひっ」
ごぼごぼ……
そのまま意識を失い、翌朝洗い場で倒れているところを清掃員に発見された。
驚いたことに、旅行から帰ってみると二人とも妊娠していた。
もちろん私は堕ろしたが、カトリック信徒だったユミは会社を辞めてその子を産んだ。
死産だった。
医者に亡骸を見たいと頼んだが、ついに見せてもらえなかったという……。