怪物ちゃん
流しの屋台も人力車という時代ではないらしい。
その飲み屋もダイハツのワンボックスを改造したものだった。やっているのはゴマ塩頭のヒラメみたいな顔をしたオヤジ。よく陽に焼けて、年はそろそろ還暦といったところか。いつもワンサイズ大きめのだぼシャツを着て、派手なスカーフを首に巻いている。安いわりには酒も食い物も上等で、もっか単身赴任中の私は、そこで酒を飲むことを楽しみにしていた。
その日も、オヤジの下世話なゴシップを肴にして一人で飲んでいた。
「この向こうにちょっとした歓楽街があるの知ってるかい?」
「環七を越えたあたりでしょ」
「そうそう。その雑居ビルの地下に、ララって名前のオカマ・バーがあるんだけど」
オヤジの話はいつも面白くて、つい酒がすすむ。
「昔、その店に三十過ぎてからオカマになった変わり者がいてさ、これが店ではいつも一番人気で」
「へえ」
「でも本人は知らなかったのさ……」
「なにを?」
「客のあいだで秘かに怪物ちゃんと呼ばれていたことを」
どんな器量だかうかがい知れる話だ。
「それを知ってショックだったのか、ある日アパートで首吊っちゃってね」
「……嫌な話だなあ」
酒が不味くなってしまう。
その時ふと、なぜだかオヤジの首に巻いてあるスカーフが気になった。
「そのひとは……亡くなったんだよね」
「どうして?」
「いや、なんとなく」
バカな妄想だ。酔いが足りないせいか……。
「焼酎もう一杯」
「へい」
しかしオヤジが足下にある一升瓶を取ろうと身をかがめた瞬間、私は見てしまった。
だぼシャツの襟からのぞく……胸の谷間を。
以来、怖くてその屋台へは行っていない。