守屋の矢
伊那平の藤澤村に安彦という猟師がいた。あるとき彼が山へ入ると、みしみしと木をなぎ倒す音が聞こえてくる。不審に思って音の正体を探ると、それは大木を横たえたような大蛇だった。見ると、峰辺に祀った御左口様の祠へと向かっている。不敬なやつ。安彦は山刀を振りかざし、その大蛇の首を刎ねてしまった。
帰ってその話を皆にすると、村の年寄りどもが騒ぎはじめた。
「きっとその蛇はみしゃぐじ神の使わしめに違いない。なんて罰当たりなことを……」
村人たちは大蛇の亡骸を懇ろに弔った。
ところが翌日から、池の水をひっくり返したような土砂降りが続いた。きっとこれは御左口様の祟りに違いない。皆は口々に噂し合った。ついには天竜川があふれそうになり、村人たちは仕方なく龍神に生け贄を捧げることにした。選ばれたのは、今年八つになる安彦の娘だ。村の者はこぞって彼の家へ押し掛けると、泣いて懇願する安彦と妻を取り押さえ、幼い娘を連れ出した。そして荒れ狂う天竜川へ沈めてしまったのだ。
翌朝、空は嘘のように晴れ渡り、安彦と妻はいつの間にか姿を消していた。
その翌年から、村で生まれた子どもが八つになると、山から鬼が下りて来てさらってゆくようになった。あの鬼はきっと安彦に違いない。退治しようと村の者が何人も山へ入ったが、ついに戻った者はいなかった。
困った村人たちは、諏訪大神の力にすがることにした。やがて大社から神人が使わされ、通力のこもった矢でみごと鬼を射殺した。
そのときの矢を埋めた場所が現在の守屋神社である。
今でも雨の日が続くと、地元の年寄りはそこへお参りに行くそうだ……。




