仏壇の菓子
小さいころ、よく祖母の家へ泊まりにいくと仏間に一人で寝かされた。祖母は門徒で、仏間には阿弥陀如来を安置した壮麗な金仏壇がしつらえられていた。そこにはいつもたくさんの菓子や果物が供えられていて、部屋の中は甘い匂いに満たされていた。私が訪れるたびに祖母はその供物の中から幾つかを手に取り「ほら食べなさい」と言ってよこした。しかし線香の匂いの染み付いた菓子や果物を、私は口に入れるのを嫌がった。
あるとき、その仏間で寝ていると、ちゃぐちゃぐと何かを咀嚼するような物音がして目が覚めた。見ると仏壇の扉が目一杯に開かれていて、その前におかっぱ頭の女の子がちょこなんと座っている。藍地に絞りで白く染め抜いた浴衣を着て、一幅のしごき帯を腰にたらしている。彼女は仏壇に供えられた菓子や果物を両手に持って、むさぼるように食べていた。子供心にも、それが人外のものであることが分かった。私は声を立てないよう口を固く引き結んでいたが、しかし不思議と恐怖は覚えなかった。それどころか彼女に対し何かしら親しみのようなものさえ感じ、その豪快な食べっぷりに見とれているうち再び寝入ってしまった。
翌朝その話をすると、祖母が一枚の写真を見せてくれた。古い写真で飴色に変色していたが、髪型や浴衣の柄はまぎれもなく昨夜見たあの少女のものだった。「この子か?」と訊かれたので「そうだ」と答えると、これは祖母の姉だと教えてくれた。戦後の食糧難で栄養失調にかかり、幼い時分に死に別れたそうだ。
その話を聞いて以来、私は仏壇に供えられている菓子や果物をありがたくいただくようになった。