江田さん
その炭坑は――深い海の底にあった。
坑道は、瀬戸内海の沖合い約三キロにわたって地下二百メートルの深さまで掘り進めていた。
二十四のとき、私は福岡の農村を離れそこで働き始めた。
ある日、いつものように六坑のせまい入口からトロッコに揺られて作業場へ向かう途中、突然事故に巻き込まれた。もの凄い爆発音がして地面に投げ出され、激しい落盤と土煙の立ちこめるなか私は意識を失った……。
「おい」
低い男の呼びかけに目を覚ますと、辺りは真の闇だった。
「生きてるか?」
「だ、大丈夫です……うっ」
両足に痛みが走る。落石に挟まれたのだろう、まったく身動きが取れない。
「足を挟まれたみたいです」
「俺もだよ」
その声には聞き覚えがあった。
「――江田さん、ですか?」
「ああ」
仲間の坑夫だった。
「今に助けが来る」
彼は落ち着いた声で言った。しかし送電が遮断され一切の光を失った闇の中、轟々と渦巻く周防灘の潮の音が私の恐怖心を駆り立てる。もし岩盤の裂け目から海水が浸入してきたら……。
「心配するな、俺なんか事故に遭うのはもうこれで四度目だ」
そう言って彼は笑った。少しだけ平静を取り戻した私は、ぽつぽつと身の上話などを語り始めた。彼はそれを辛抱強く聞いてくれた。やがて数時間が経過したころ、ようやく仲間が救助に現れた。
「今、岩盤を除けてやるぞ」
「近くに江田さんもいるんです」
「分かった」
重機が、私にのしかかっていた大岩を徐々に持ち上げる。途端にそこにいた全員があっと叫んだ。
「岩の下に誰かいるぞ」
「ひでえ、ぐちゃぐちゃだ」
血にまみれた作業服に「江田」と縫い付けてあるのが見えた。