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なめこ太郎/666文字奇譚  作者: 閉伊卓司
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ふるさと


 悪いことは重なるもので、恋人と別れたその一週間後に、今度は勤めていた会社が潰れた。公私ともに虚しくなった私は、ある朝小さなボストンバッグひとつさげて甲府行き特急かいじ一〇九号に乗りこんだ。自分が生まれ育った山梨の実家へ帰るためだ。

 季節はもう秋めいて、駅へ降り立つと肌寒さで身がちぢんだ。それでも空はよく晴れわたり、遠く見はるかす山々の稜線がくっきりと青く波うっていた。

 家には老いた両親が暮らしている。「ただいま」と言って玄関をくぐると、母は修学旅行から帰った娘でも迎えるように「おかえり」と微笑んだ。父は縁側で盆栽にハサミを入れていた。「お父さん、わたし帰ってきた」と言うと、こちらに背を向けたまま「そうか」とつぶやいた。

 それから数日、私は父の庭いじりを手伝ったり飼い犬を散歩させたりして過ごした。夜になれば懐かしい母の手料理が待っている。久しぶりにのどかで平穏なときを過ごし、満ち足りた気分でいた。

 ところが六日目の朝、母がぽつりと言った。

「そろそろ帰りなさい」

 しかめっ面で朝刊をひろげていた父も無言でうなずいた。私はなんだか腹立たしくなり、当てつけのようにボストンバッグへ荷物を詰めはじめた。外では木枯らしが吹いている。またあのなかへ戻るのかと思うとうんざりしたが、「元気でやるんだよ」という母の声に送られて家を出た……。


 気がつくと枯葉のうえに横たわっていた。ゆっくりと身を起こす。足もとにボストンバッグと、そして空になった薬瓶が転がっている。私は立ち上がってコートに付いた土を払った。

 そして両親の墓に向かい、そっと手を合わせた。




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