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なめこ太郎/666文字奇譚  作者: 閉伊卓司
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いあーう


 生後五ヶ月になる息子が、ようやく言葉らしきものを口にしはじめた。

 「あー」とか「うー」しか言わなかったのが、「ぶぅぶぅ」や「まんまん」、ときには「うっけーい」などと叫んで私や主人を驚かせる。

 じつはこれらは喃語といって、まだなんの意味もなさない赤ちゃん言葉である。でも新米ママの私にはそれが嬉しくて、主人と二人それらの意味するところを推理し合っては幸せをかみしめていた。


 そんな言葉のなかに「いあーう」というのがあった。一体なんの意味なのか、色々と頭をひねってみたが、ついぞ思いつかない。

 やがて息子は成長し、大きくなるにつれその「いあーう」も、だんだんと聞き取れるようになってきた。

 いあーう。

 ひああむ。

 ひあまちゅ。

 ヒサマツ……。どうやら、それが正しい発音らしい。

「ねえ、ヒサマツってなあに?」

 あるとき、三歳になった息子にそう訊ねてみた。すると彼は、あらぬ方を指さして言った。

「あのしと」

 私は、いっぺんで怖くなった。ヒサマツとは人の名前だったのか。主人に話したが、夢見がちな子供の言うことだから気にするなと言われた。


 小学校へ上がり、近ごろではめっきり大人びてきた息子は、もう自分からはヒサマツという言葉を口にしなくなった。でも私が「今日はヒサマツさん、なにしてる?」と訊くと、だれもいない座敷へ視線をおよがせて「あそこで、うたた寝してる」などと返してくる。


 ヒサマツなる人物が一体何者で、どうして私たちの暮らすこの家に棲みついているのか、私は知らない。ただ今度生まれてくる第二子には、決してその言葉を口にして欲しくないと願うのみであった……。




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