独り言
「あなた近ごろ独り言が多いわね」
妻にそう言われた。
身に覚えのないことだったので少し驚いた。
「車を運転してるときなんか、特にすごいのよ」
「ほう、俺は一体どんなことを喋ってるんだい?」
「さあ? 終始ぶつぶつとつぶやいてるだけだもの……」
面白い。
無意識のうちに口走る言葉とは、一体いかなるものか。
俺はボイスレコーダーをグローブボックスへ放り込むと、日が暮れるまで車を走らせてみた。そして帰宅後、はやる気持ちを抑えてまず風呂に入り、そして缶ビール片手に書斎へこもった。
レコーダーの再生ボタンを押す。
まず自動車の走行音、そしてウィンカーの明滅する音……、しばらくして第一声が飛び出した。
(ひき殺すぞ、ばばあ)
我ながらなんて乱暴な。思わず苦笑がもれたが、その声をかわきりにレコーダーのなかの俺は堰を切ったように喋り始めた。
(早く渡れよくそガキどもが、ちんたら歩いてっとはねちまうぞ。やい、そこのじじい、死に損ない、いっそこのまま引導渡してやろうか)
ビールを飲みながらにやついていた俺も、そのうちにだんだんうすら寒くなってきた。この声のぬしは本当に俺なのか?
(どいつもこいつもバカにしやがって。見てろよ、今に全員ぶっ殺してやるからな。道具はそろってるんだ、ナタに包丁に皮手袋、顔を隠すための目出し帽……)
いやな予感がして、とっさに文机の引き出しをあけてみた。はたしてそこには今聞いた殺人の道具がすべて揃っていた。これは一体……。
(おっと、返り血を避けるためのレインコートを買ってなかったな)
そして俺は言った。
(おい聞いてるか、忘れずに買っておけよ)