百物語
掌編を百話つづるとちょうど単行本一冊ぶんのボリュームになる。ゆえに巷では「百物語」を冠した書籍があふれているわけだが、そもそも百物語とは怪異を召喚するための儀式であって、それをたとえ小説という形であれ百話書きあげてよいものだろうか。筆を置いた瞬間なにか良くないことが起きるのでは。
ついそんなことを想像してしまい、本連載は九十九話までとし、百話目は「あとがき」に代えさせてもらうことにした。
怪異譚を考えるのは楽しい。
ホラーという枠組みはそのままに、恋愛や歴史など多彩な要素を盛り込むことができる。恐怖の裏側にある人生の悲喜や滑稽さといったものを伝えられたらと思い頭をひねってきた。できの悪い小咄となってしまうこともあったが「アンソロジーを模する」という当初の目的は達成できたかと思う。
ただあつかう題材が怪異だけに、夜ひとりでパソコンへ向かっていると不思議な現象に出くわすことがあった。ラップ音などは日常茶飯で、閉めたはずのドアが勝手に開いたり、とつぜん犬が狂ったように吠え始めたこともある。
「鬼を語れば怪いたる」と伽婢子にもあるとおり、やはり怪奇なストーリーに思いを馳せていると得体の知れないものを招き寄せてしまうらしい。
――ちょっと待て、こんなことを書いてしまうとまるで百話目の怪談ではないか。
危ない、危ない。
急いで文章を削除しようとするが、なぜか手が動かず。
しかも背後になにやら不吉な気配が……。
だいじょうぶ、まだ投稿ボタンをクリックしていない。百物語は成立しないはずだ。
と、凍えるような女のささやきが耳朶に触れた。
もう手遅れだよ