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長いこと口を聞いてなかったギャルな姉貴が、血が繋がってないとわかったとたん距離を縮めてきた

作者: 赤ぱん金魚

 俺には姉がいる。

 西咲真昼にしざきまひる

 いっこ上の十七歳、高校二年。

 金色の長い髪、耳に複数個のピアス、制服のスカートはギリギリ。

 ギャルだった。



 ……



 朝。

 学校へ行くため玄関に向かうと、ダルそうな顔の姉貴と鉢合わせた。

 目が合う。

 しかし、お互い無表情の無言で靴を履く作業に移った。


 俺たちは、もう何年もまともに会話をしていなかった。

 理由はない。

 もともと口数の少ない姉貴だったが、中学に入ったくらいから会話がどんどん減って、気づけばこの状態になっていた。


「いってくるー」


 先に履き終えた姉貴が、俺ではなく家の中に向かって言って玄関を出た。

 通ってる高校は同じだが、一度も一緒に登校したことがない。


 冷めた姉弟関係とでもいうのか。

 だが、別段それを奇妙とは思わない。

 こんな姉弟なんて、世間を見ても珍しくないだろうから。



 ……



 その日の夜。

 田舎のじいちゃんが仕事でこっちにきたので、ついでにウチに泊まることになった。


 久しぶりに会ったからか、じいちゃんは、孫の俺たちを肴に楽しそうにグイグイ酒を飲んでいた。

 じいちゃんは、かなり酔っ払うと、


朝陽あさひも高校一年生か。大きくなったなぁ」


 俺を見てしみじみと言い、


「血の繋がってない子をようここまで育てたなぁ」


 爆弾を落とした。

 最初は何の冗談かと思ったが、父さんと母さんが冷や汗流して必死に言い繕ってる顔を見て、


「(あ、これマジだ)」


 とわかった。

 最終的に、誤魔化せないと判断した父さんたちが口を割ったところによると、俺は、父さんたちの親友の子供で、その親友は俺を育てられなくなって父さんたちに赤ん坊の俺を託したそうだ。

 知らなかったのは俺と姉貴だけらしい。


「すまんかったー!」


 と俺たちに平謝りなじいちゃん。

 父さんたちは父さんたちで俺に、「我が子と思ってるぞ!」「愛してるわ!」とフォローしてくる。


 俺としては、突然すぎて感情が働かないのでリアクションしようがない。

 姉貴はどんな顔をしてるんだろう、と隣に目を向けると、真面目な顔で俺のことを見ていた。



 ……



 翌日。


「もう朝かよ……」


 俺は、一睡もできないまま目を開けた。

 時間が経つにつれ、もらわれっ子というショックがボディブローのように効いてきていた。


 気だるい体を起こしてキッチンへ行くと、父さんと母さんはおらず姉貴だけがいた。

 テーブルの上には俺の分の朝食と置き手紙。


『おじいちゃん送ってくる 母』


 とのこと。それと、


『朝陽は、私たちの息子だからね!』


 ってフォローの一文。

 母さん、昨日からだいぶ気をつかってくれてる。


 父さんは、もう仕事に行ったのだろう。

 家にいるのは俺と姉貴だけか。

 姉貴は、こっちを見もせずスマホ片手にパンを齧ってる。


 俺は、テーブルに置いてある朝食を持ってリビングへと移動した。

 飯時に姉貴と二人きりになったら、必ずどちらかが別の場所に移動する。

 いつものことだ。


 俺は、二人がけソファに座ると、テンション低く「いただきます」と言ってパンを手に取り口を開けた。

 すると、


「んしょっと」


 姉貴が隣に座った。


「……」


 俺は、口を開けたままフリーズした。

 何が起きた?

 姉貴が俺の隣に座っただと?

 どういうつもりだ?


「もうちょいそっちいって」


 今度は話しかけてきた?

 俺に言ったんだよな?


「早く」

「あ、ああ」


 何年もまともに口きいてなかったのになぜ突然?

 戸惑う俺をよそに姉貴は、すまし顔でソファに体育座りしてスマホを見てる。

 俺は、隣をチラチラ気にしつつ朝食を食べた。

 結局そのまま朝の時間は過ぎた。



 ……



 登校準備を終えて玄関に行くと姉貴がいた。


「鍵、私が閉めるから」


 ということで俺を待っていてくれたみたいだ。

 普通に話しかけてくる姉貴に違和感を覚えつつも、礼を言ってから靴を履き、家を出た。


 空は今日も快晴だけど俺の心はどんよりだよ、あ〜あ。

 なんて考えながら歩いていると、


「ちょっと」


 後ろからバシンッと、姉貴に鞄で尻を叩かれた。


「先行くな」


 と言って俺の横に並んだ。

 姉貴が俺の隣を歩調を合わせて歩く。


「……もしかして、一緒に行くのか?」

「そうだけど」


 『何当たり前のこと聞いてんの?』って顔で肯定する。

 これまでの俺たちの関係を考えたら疑問に思って当然だと思うが。


「おい、あの金髪の子良くね?」

「レベル高ぇ〜……」


 周りの男たちが姉貴に好色な視線を送ってくる。

 金髪で目立つし、スタイルも良いし、何より美人だからな。

 姉貴は、慣れてるのですました顔で歩いてる。

 その姿が、男の目には高嶺の花に映ってまた視線を集める。


 そんな高嶺の花が実は姉ではなく血の繋がりがなかったと。

 つまり、結婚できる間柄でもあるわけで……って、寝てないせいだろう、変なことを想像してしまった。



 ……



 学校が終わると、校門前で待ってた姉貴と一緒に帰った。

 家に帰ってからも、姉貴は俺の部屋にやってきて、何をするでもなくベッドに寝転がってスマホを見ていた。

 マジで姉貴のやつどうしたってんだ。



 ……



 その日の深夜。

 昨日寝てなかったからか、今日は、割とあっさり眠れたんだけど、寝返りを打った時、布団の中に何かがいる感触があって一瞬で目が覚めた。


「うわっ!」


 思い切り布団を跳ね除ける。

 そこにいたのは、金髪の幽霊……じゃなくて姉貴だった。


「朝陽〜、うるさい〜」


 眠そうな声で抗議してくる。


「う、うるさいじゃないだろ! 何で俺のベッドにいんだよ!?」

「ん〜? お手洗い行って、自分の部屋戻んのメンドくてこっちきた」


 体を起こして目をこすりながら答える。

 メンドいって、姉貴の部屋俺の隣だろ。

 いやいや、たとえメンドかったとしてもここで寝る理由にならんだろ。


「姉貴どうしたんだ、今日は? 久々に話しかけてきたと思ったら一緒に学校とかさ?」


 明らかにおかしい。

 ずっと俺から離れないというか。

 小さい頃、俺に嫌なことや悲しいことがあった時、ずっとそばにいてくれたみたいに。

 あ、そっか。


「姉貴、俺のこと心配してくれてたのか。この家の子じゃないって知って。それで、そばにいてくれたのか」


 やっと合点がいった。


「ありがとう、姉貴。姉貴は、変わってないな」


 と思ったのだが、姉貴は、何も言わずにじっと俺を見てくる。

 あれ、違った?


「姉貴?」

「私、あんたのお姉ちゃんじゃないよ?」


 『姉じゃない』

 言葉が胸にグサッと突き刺さった。


「た、確かに血の繋がりはないけど、そ、そんな寂しいこと言うなよ」


 ちょっと泣きそうになるよ、いい年して。


「ああ、ごめん」


 姉貴が俺の髪に優しく触れる。


「そうじゃなくてさ、私はお姉ちゃんじゃないけどお姉ちゃんのままでいいのかってこと」

「姉貴は姉貴だよ」


 何言ってんだ。


「本当に、いいの?」


 姉貴が俺の胸を押した。

 押されるままにベッドに倒れた俺に、姉貴は、馬乗りになり、


「ただの女にもなれるよ?」


 俺の顔を覗き込むように真上から見下ろした。


「これから、どうする?」


 金色の長い髪がさらりと俺の頬にこぼれ落ちる。

 月明かりに照らされる姉貴は、綺麗だ。


「ど、どうって……」


 一体姉貴は何を言って……いや、待て。

 今朝俺は、こんなことを考えなかったか?

 俺と姉貴は結婚できる、血が繋がってないからって。

 つまり、姉貴が聞いてるのは、姉弟のままでいるか、男と女になるかっていう……。


 コンコン


 突然部屋のドアがノックされた。


「朝陽? 大きな声がしたけどどうかした?」


 ドアの向こうからの声。

 母さんだ。

 姉貴に驚いた俺の声を聞いたんだろう。


「だ、大丈夫。何でもない」

「本当に?」

「ああ」

「それならいいけど」


 ホッとしたのか母さんは、小さく息を吐き、


「何かあったら言うのよ。朝陽は、私たちの大切な家族で愛しい愛しい息子なんだからね。海よりも深くて澄んだ愛をあんたに注いで」

「わ、わかったから! もうわかってるからいいって!」


 ありがたいんだけど、アピール過剰で恥ずかしい。


「そう? じゃあ、おやすみなさい、愛してるわよ」


 母さんは、もう一度フォローを入れてから廊下を歩いていった。

 だから、もういいって。


「プッ、クククッ」


 口を手で覆い、姉貴が俺の上で笑ってる。


「ママ、海よりもって、アピりすぎ、クククッ」


 だいぶツボったのか、俺の肩口に顔を突っ伏して声を殺して笑いつづける。

 息が首に当たる。

 こそばゆくて、熱い。

 姉貴の良い匂い。

 昔から、ずっと俺の好きな匂い。


「ママの言う通りだね」


 姉貴が顔を上げた。


「朝陽は、大切な家族で大切な私の弟」

「……そっか」


 姉貴がこのままがいいと決めたなら、俺は受け入れるだけだ。


「うん」


 姉貴が微笑み俺の頬を撫でる。


「愛してるぞ、弟」


 俺に口づけをした。

 余韻を残すように、ゆっくり姉貴は離れると、ベッドを降りて入り口のほうへと歩いて行き、廊下へ出て、


「おやすみ」


 静かに扉を閉めた。

 姉貴にキスされた。

 『愛してる、弟』で唇にキスされた。

 姉弟はキスしないと思う。


「……結局、どっち?」


 今夜も眠れそうにない。

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