神様の手違いで得た力
「それで、この後はどこに行くんだ?」
自分の服を買う用事を済ませた後、俺は二人に聞く。
「そうね…。この後はそのまま家に帰るつもりだけど。あんたはどうしたいの?」
「俺?うーん…」
二人はこのまま家に帰るみたいだが…俺には帰るべき場所なんてものはこの世界にない。お金も持ってないし、どうするか。
「ナオトさん、よかったら私たちの家に行きませんか?あそこには空き部屋が二つありますから、もしナオトさんがそこに住みたいのであれば歓迎しますよ」
「そうね。記憶がない奴をこのまま放っておくワケにはいかないし、それが一番よね…。ナオト、それでいいかしら?」
「い、いいのか?」
二人は自分たちの家に連れていってくれるらしい。しかもそこで住んでもいいというサービス付きだ。嬉しいけど、本当にいいのかなぁ。
「大丈夫ですよ。さっきも言いましたが、困ったときはお互いに助け合うのが一番です」
「そういう事。大船に乗ったつもりで、あたし達についてきて頂戴ね」
うーん、なんて頼もしい言葉なんだ。冒険者である二人と一緒に暮らせるならこんなに嬉しい事はない。俺はクリムとナラに感謝し、二人の家へ向かう事にした。
「…着いたわ、ナオト。ここがあたし達の住んでいる家よ」
俺の目の前には木材で造られた二階建ての家が建っている。ここがクリムとナラの住んでいる家のようだ。
「ここがそうなのか?」
「そうよ。あたし達が13歳になって自立した際に購入した家なの。ちょっと古いけど、大きいから住み心地は悪くないわ」
13歳で自立…俺の元いた世界では考えられないな。という事は、この世界では13歳が成人扱いされるのだろうか。何だか過酷だ…。
「とにかく、入りましょ。あたしはこれから夕飯の支度をしないといけないしね」
クリムはそう言いながら、入口の扉を開けて家に入る。ナラと俺もそれに続き家の中へ入っていった。
家の中は広々としており、テーブルや食器棚に台所といった生活に必要な物が一通り揃っているのが分かる。どれも木材で出来ておりとてもお洒落だ。昔、小学校の時に宿泊学習で行った施設を思い出した。
「部屋は二階にあるわ。空き部屋が二つあるから、どっちか好きな方を選んで頂戴」
「分かった」
俺は部屋の奥にある階段を使い二階へと上がっていく。二階に着くと、左右に二つずつ扉があるのが見えた。まるでホテルの廊下みたいだ。
空き部屋が二つあるみたいだけど、どれがそうなのかな?俺は入口にある扉を見ながら判断していく。四つある扉のうち、二つには『クリム・ヒルトマン』、『ナラ・マイアー』と書かれた札が扉にかかってある。それ以外の扉には何もかかっていない。…という事は、これが空き部屋か。
俺は扉を開けると、そこにはベッドと机、そして洋服を収納する棚が置いてある殺風景な部屋があった。
(ここが俺の部屋になるんだな)
俺はベッドの方に進みながら、心の中でそう呟く。ベッドの近くには窓があり、そこから街並みが見える。いい眺めだ。朝目覚めた時にここから見える光景は最高だろうなぁ。
――さて、これからどうするか。日が暮れるまでまだ時間はあるし、ちょっとここで横になろうかな。ここに来るまで色々あって疲れたし。
俺はベッドで横になり、しばしの眠りについた。
『――おと!直人!』
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。その声は…もしかしてロゴス?いや、そんなはずはない。眠っている間にまた死んだ訳じゃあるまいし。
『直人!藤崎直人、聞こえるかい!?』
だがロゴスの声は、さっきよりもハッキリと聞こえる。これは夢?それとも…現実なのか?
俺はゆっくり目を開けると、そこにはさっき出会った少年――ロゴスの姿が見えた。周囲は真っ暗で、何も見えない。
「ロ、ロゴス…?」
「よかった。僕の姿が見えるって事は、無事に君の意識と繋がったみたいだね」
ロゴスは何やら焦っている様子だ。それに、意識と繋がったって…?よく分からないな。
「えっと…意識が繋がったって、どういう意味だ?」
「君がそちらの世界で眠っている間、こちらから君の意識に接続したんだよ。こうでもしないと君と直接会話する事が出来ないからね」
「は、はあ…」
説明されてもよく分からん…。神様の言う事は何が何だかさっぱりだ。それとも俺が頭悪いだけか?
「なあ、ロゴス…。俺って夢でも見ているかの?」
「夢じゃないよ。何なら自分の頭でも叩いてみるかい?」
「…いや、遠慮しとくよ。多分痛いだけだろうから。それで、俺に何の用だ?」
「ああ、それなんだけどね…。さっき君の身体に色々な力を与えた際、間違えて『神の力』も入れてしまったんだよ」
「へ?神の力?」
「そう。その力は本来、僕のような限られた者しか扱う事を許されていないんだ。…まさか僕とした事がこんなやらかしをしてしまうなんてね。我ながら情けないよ」
ロゴスは頭をかきながら言う。『神の力』…よく分からないが、そんなに凄い物なのか。
――そう言えば、さっきファングとかいう魔物を倒した時に使ったあの凄い魔法。もしかしてあれも『神の力』による影響でああなったのだろうか?だとしたら、クリムとナラのあの反応も納得できる気がする。
「じゃあ、ロゴスはその神の力とやらを返してほしいから来たって事か?」
「本当はそうしたいけどね…。残念ながら、この状態では君に直接触れる事が出来ないんだ。君がもう一度死ねば僕のいる所へ戻れるけど」
「い、いやいやいや!そんな軽いノリで死ねる訳がないだろ!?冗談じゃない!」
「…そう言うと思っていたよ。君に限らず人間という生き物は死に対して極端に怯えやすい。中にはそうじゃないのもいるけどね」
うーん、神様の考える事はよく分からないなぁ…。そういうもんなのか?
「じゃ、じゃあ…。俺はどうすればいい?」
「君が死を拒む以上、やるべき事は一つ。それはその力を上手く扱う事だ。『神の力』は使い方次第で世界を滅ぼしかねない。人間は強大な力を得た時、それを自分の利益だけに使う事が大半だが…。君はどう扱うつもりだい?」
この力をどう扱うか。色々考えてしまうが、やはり誰かを守る為に使いたいな。その方が誰も悲しんだりしないだろうし。
「…誰かを守りたい時に使う、かな」
「じゃあ、藤崎直人。君はその考えを最後まで貫き通す事が出来るかい?」
「で、出来るさ。俺は悪人なんかじゃないから」
「最初はそう思うだろう。…しかし、時間が経つにつれその考えが歪んだ方へ行ってしまう可能性だってある。人間とはそういう物なんだ。もちろん君も例外ではないよ」
「そんな事は――」
俺はそう言いかけて、言葉が出なかった。…俺は本当にこの考えを貫く事が出来るのか。昔読んだ漫画でも、主人公が強い力を得て調子に乗ってしまうシーンがあった。俺もああなってしまうかもしれない――そう考えると、言葉が詰まってしまう。
「…だけど、そこまで言うのであれば君を信じるとしよう。君の行く末を見てみたくなったからね。藤崎直人、君はその力を誰かを守る為に使うって約束出来るかい?」
「あ、ああ。約束する。どんな事があろうと、誰かを傷つける事には使ったりしない」
「分かった。だけどもし、君が道を踏み外してしまった場合――相応の罰を与えるよ。それだけは覚えておいてくれ」
相応の罰――。ロゴスの厳格な言葉を聞き、俺は強いプレッシャーを感じた。絶対にロゴスの期待を裏切ってはならない。俺はそう決心する。
「では、そろそろここでお別れだ。期待しているよ。藤崎直人」
「ああ。任せてくれ」
視界がどんどんぼやけてくる。どうやらロゴスの言ってた、意識の接続が切れるみたいだ。