ようこそ『異世界』へ
――雲一つない綺麗な青空に広大な草原。俺は、その中に佇んでいた。
とても静かな場所で、騒音は一つも聞こえてこない。聞こえるのは心地よい風の音だけだ。
「綺麗な場所だなぁ…うん?」
俺は後ろを振り返ると、そこに巨大な木が立っている事に気づく。高さは20メートルくらいで、広さは恐らく30~40くらいもある。なんて大きさなんだ…!こんなの初めて見たぞ。
どうやら俺はこの木の下で眠っていたらしい。大きな木は俺を歓迎するかのように、静かに揺れていた。
「…さて、俺はこれからどうするかだな」
俺は今、この何もない草原の中に放り出された状態だ。ゲームだったら次どこへ行くべきか説明があるんだけど、当然そう言ったものはない。ノーヒントだ。
何をすればいいのか分からないと流石に困るな…。しかしここで悩んでいても仕方がない。今は近くに町がないか、もしくは友好的な人間に会える事を祈りながら進もう。
手ぶらで歩くのは危険だろうが、今の俺にはロゴスから貰った戦う力がある。仮に凶暴なモンスターに遭遇したとしても何とかなるだろう。…多分ね。
とにかく、目的地目指して頑張るぞ!
「それにしても、いい天気だなぁ」
俺は草原の中を歩きながらそう呟く。本当にいい天気だ。昔、家族みんなでピクニックに行ってた事を思い出す。あの頃が懐かしいな。
昔の事を思い出しつつ、俺はひたすらに街を目指して歩き続けた。…しかし、歩いても歩いても町が見えてこない。出来れば夜になる前に見つけたい所だが、一体どこにあるんだ?
俺は徐々に不安になってきた。もしこのまま夜になったら俺はどこで寝ればいいのか。まさか野宿?そんなの絶対に嫌だぞ、俺!
(ロゴス、送るならせめて町の近くにして欲しかったなぁ。…うん?)
俺は心の中でそう愚痴っていると、突然近くの草むらから何かが動き始める。風で揺らいでいるだけ…にしては、妙に動きが大きい。誰かいるのか?
緊張が走る。――そして、草むらの中からゆっくりと何かが現れた。
「あ、あれは…!?」
俺はその姿を見て驚いた。草むらから現れた物は、狼に似た生物だったのだ。
狼に似た生物は鋭い目つきで俺を見つめ、唸り声を上げながらゆっくりと俺の方へ近づいてくる。口から鋭い牙が生えており、もしあれに噛まれたらただじゃすまないだろう。
――まさかこいつ、俺を狙っているのか?
『グルルルル…』
「あ、ああ…っ!」
俺は逃げようにしても恐怖のあまり体が思うように動かない。そもそも俺は犬が苦手なんだ。勿論、犬の仲間である狼にもだ。
『グワアッ!!』
「うわあっ!?」
狼に似た生物は口を大きく開いて吠える。俺はそれに思い切りビビッてしまい、その場にへたり込んでしまう。
(くそっ、両足が動かない…!)
今の衝撃で両足が動けなくなってしまい、逃げようにも逃げられなくなった。このままでは奴の餌食になるだけ…冗談じゃない!せっかく転生したばっかだというのに、こんな訳の分からない所でまた死ぬのはごめんだ!
…こうなったら、ロゴスから貰った力とやらであいつを倒すしかないか!?
『グアアアッ!!』
狼が勢いよく俺の方に飛びかかってきた。もはや悩んでいる時間はない、一か八かだ!
「――ファイアッ!!」
俺は片手を前に突き出し、脳裏に浮かんだ言葉を叫ぶ。
――その瞬間。
"ボオオオオッ!!"
突然、俺の手から大きな炎が飛び出した。炎は狼の身体を一瞬で包み込んでいく。狼は炎に焼かれながら苦しそうに呻いていた。
やがて炎が消えると、俺の前には黒焦げになったまま倒れている狼がいる。ピクリとも動く気配はない。
「お、俺がやった…のか…?」
俺は今起きた事をすぐに受け入れられなかった。自分の手から炎が出たというのも十分驚くポイントだが、それよりも生まれて初めて生き物を殺してしまったのが信じられない。正当防衛とはいえ、俺は罪悪感を抱いてしまった。
…だけどこの世界で生きていく以上、そういう情けをかけるのは駄目なんだろうな。情けをかけてしまえばこっちがやられてしまうんだから。少しずつ、この世界の常識に慣れていくしかないか。
「ふぅ…」
俺はようやくこの状況を飲み込めるようになると、その場に座り込む。そして仰向けの態勢になり青空を眺め始めた。
綺麗な青空――嫌な事もあの中に消えていきそうだ。まだ日が暮れるまで時間がありそうだし、少しだけ休憩しようかな…。
「――この辺に逃げたはずだけど…そっちはどう?」
「いえ、見かけませんでした」
遠くから人の声が聞こえてくる。どちらも可愛らしい、少女の声だ。どうやら何かを探しているようだが…。
「まったく、アイツってばどこへ逃げたのかしら。早く見つけないと今回の依頼が達成できないというのに…ん?」
「どうかしましたか?」
「…ほら、あそこ。誰か人が倒れているわ」
「あっ、本当ですね!それと近くに倒れている黒いのって…」
「とにかく行ってみましょ」
二人組は俺の方に気づいたらしい。足音が近づいてくる。初めてこの世界で会う人だと思うと、何だか緊張してきた。
「ちょっと、そこのあんた!大丈夫!?」
二人組の片割れが俺の顔を覗き込んでくる。その人物は赤髪で長いツインテールが特徴的な少女だった。少々目つきが鋭く、いかにもツンツンしてそうな子だ。でも可愛いな、この子。
「あ、ああ…。大丈夫だよ」
「本当?倒れてるけど、怪我はないわよね?」
「ないよ。ただ少しだけ疲れたから、ここで休んでたんだ」
「そうだったの。…まったく、驚かせないでよね」
赤髪の少女は呆れたように言う。
「――クリムさん!この黒焦げになってるの、私たちが探していたファングですよ!」
「本当なの、ナラ?」
「はい、本当です!…でも、一体誰がやったのでしょうか?」
どうやらこの二人組はさっき俺を襲った狼を探していたらしい。あいつ、ファングって言うのか。
俺は起き上がると、二人の方を見る。もう一人の少女はさらりと流れるような金髪が美しい、ストレートヘアの子だ。優しい表情と声をしており親しみやすそうな感じがある。
…だがよく見るとこの金髪の子、背中に大きな剣を背負っている。とあるRPGの主人公であんな感じの剣を装備していたが、まさにそれだ。あんなほんわかした子が大剣を背負っているなんて目を疑ってしまいそう。
「ねえ、あんたあのファングについて何か知らない?」
「え?ああ、そいつなんだけど…俺がやったんだ」
「「ええっ!?」」
二人は俺の発言を聞いて驚いた反応を見せた。