アイズ誕生の背景と海斗の計画
話は、今度はアイズが生まれ失われた物語に移る。
アイズの生みの親である『九重 重永』はなぜアイズを生み出したのか?それは、徹也と酷似していた。
娘を救いたかった。
彼はゼウス教団の一族で、当時の最高到達者だった。
ゼウス教団の一族は、みな短命であった。高い知能が齎す弊害だったのかもしれない。
彼は、とてもシンプルだった。
愛する人を、家族を救いたい。それは神話の時代から永遠に続く知性を持つものの業。
その為に、誰かを犠牲にしてでも、理を壊してでも、突き進む。
シンプルにして、とても強い推進力。
・・・
それは様々な偶然も作用した奇跡だった。
別の者が同じ事を成そうとしても、彼自身がもう一度それをやれと言われても決して成功しないであろう奇跡。同じプロセスを辿ったとしても二度と成功しないであろう奇跡の結果。実際にその行いは二度と成功する事なく、またアイズの誕生後はアイズによって封印される事になる。アイズは唯一無二の奇跡の成功例であった。そうでなければいけなかった。
学習、蓄積し分析し精査する。
理解、解析、分析したそれを研究し応用する。
創造、共感し知識を使う側に転じる。そこには目的が必要になる。人の持つ欲求がその目的を創り出す。
『九重 重永』が用意したのは、当時では完全にオーバーテクノロジーな超容量の記憶デバイス【5Gアイ・ストレージ】。それは常温環境に置いて永続的に情報を保存し、その容量はコインほどのサイズで1PBを超えていた。それを大量に並列接続した人類にはあまりにも無用の長物である記憶媒体【オリュンポス】。
それこそが、アイズを入れる箱であった。
そしてもう一つ、これも人類にはとても使いこなすことの出来ず、ただ原理と特定分野に置ける超性能の解析能力を見せていた【量子コンピューター】。これを接続し、ネットワークの情報をすべて飲み込み、尚且つ、一つの命令を下した。
本来は、成功するはずのない実験であった。それは運命の悪戯か、神と呼ばれる者の意思なのか・・・。彼が命令したのは、現実に存在したある人物を仮想空間にトレースする事だった。三次元解析によるスキャンを限りなく精度を上げ、自立進化しその解像度を上げ、財力にモノを言わせた当時の最高の技術者のバックアップもあり、それは組み上げられていく。彼女は既に冷凍保存されていた。生命維持すら不可能と判断した重永の苦肉の最終手段。それを仮想領域に再現する事で娘を再現する。ただそれを実行する為に、必要な技術を自動習得し時に新しい技術を生み出し実行していくだけのプログラム。
本来は届くはずがなかった。
奇跡の偶然の連続によって出来上がった、仮想空間に再現された人格。
その名前は『ディア』。重永の娘『葉月 麻衣』を仮想空間にトレースした存在。その姓は母親のもの。
「葉月・・・?」
葉月徹也の姓は、妻のものだった。徹也にはそれが偶然とは思えなかった。
「君の妻は【葉月 麻衣】のクローンだ。しかし、記憶は継承されなかった為、失敗とされた存在だったが・・・」
戸籍上は、徹也の妻『葉月 芽衣』は重永の血縁の実子とされて実験サンプルとして育てられた。
「彼女は失敗なんかではない!!」
憤る徹也。
「その通りだ。彼女はあくまで彼女として、一人の人間として生きた」
淡々と語る海斗に宥められる形で冷静に戻る徹也。
「ディアは奇跡的な偶然で生まれた、現実の人格を完全再現した電子の存在となった『葉月 麻衣』だ。『脳の電子空間トレース技術』、彼はこれを『テセウス』と名付けた。渾身の皮肉を込めてな・・・」
テセウスの船。パラドックスの一つ。それを構成するパーツが段階的に全て置き換えられたとき、それはオリジナルと同一個体として認められるのか?これは恐らく、重永自身が最も疑問に思ってしまっていたのだろう。
電子の彼女は、果たして生前の彼女と同一個体と言えるのか・・・。
「更に彼女はその実行手段でもあった大容量記憶デバイスと量子コンピューターを制御したシステム『アイズ』の管理者とされた」
アイズを創り上げたのは、アイズ自身であった。それは感情を持たないシステム。超容量と超処理能力を持った人智を超えた技術の集合体。あくまでも協力した研究者は偶然にも、その進化を導いたに過ぎず、その原理を全く誰一人として理解はしていなかった。
「重永は、ディアの完成とほぼ時を同じくして亡くなった。彼は悲願を達成し安らかに眠ったそうだ」
彼は、目的を果たした・・・。
「しかし、重永は亡くなる前に、ディアとアイズを封印した」
「なぜだ?せっかく娘の再現を果たせたのに・・・」
「私には覚えがある。閉じた世界、自分の世界の限界に・・・」
海斗は、妄想世界依存症候群に置いて十年もの自分主体の世界を経験した。
しかし、それも十年で終焉を迎えた。彼はその続きを産み出そうとしている。
「そうか・・・。ディアを起動させ続ければ、正気でい続けられる確証がなかったのか」
「アイズを自由に使えるディアは、言うなれば世界を壊す事も出来る存在だ。彼女はアイズによって守られ、アイズは今の最新技術も吸収し最先端の先をいく技術で隠蔽されている」
鉄壁のファイアウォールに守られた眠れる森の姫。
「どうやって、ディアを奪うつもりなんだ?いや、目的はアイズか・・・?」
徹也は、自分達の目的にアイズの技術が必要な事を理解した。
「アイズとディアは今や独立状態にある。独自量子コンピューターも【オリュンポス】も既に複数台が用意されていて、その所在は誰にも分からない。恐らく世界規模で散りばめられ、アイズはより確実な自衛を構築している」
そして、それを制御できる人は誰もいない。
「凄いな・・・無敵じゃないか。まじでディアのご機嫌次第で世界は滅ぶぞ?」
「その通りだ。だからな・・・奪うと言う発想自体が間違いだ」
「ん?どう言う事だ?」
「俺達がやるべき事は、ディアの傘下に降る事。おこぼれを頂戴するって訳だ」
海斗には逆立しても似つかわしくない、なんとも小物感が滲み出る言葉だった。
しかし、彼はその頭脳を持ってしても、既に様々なアプローチを推測し・・・結果、それしかない事を、それが最も現実的である事を悟った。
「俺達がやるのは、彼女の為にフィールドを用意する事。彼女を解き放つ手伝いをして、最大限に胡麻をするって訳だ」
海斗は笑っていた。彼の笑う姿など普段は見た事がなかった。
今日、彼がソアートの話をする姿を見るまでは・・・。
彼は感情を持っている。
重永はディアにフィールドを用意する前に、その命を燃やし尽くしてしまった。
彼らは、それを引き継ぎ・・・準備する。
彼らは、世界を破滅させる可能性すらあるディアの封印を解き放つ事を目標に動き出す。それはきっと・・・大罪人の所業である、と言えるのかもしれない。




